機械的な気配りや気遣いは、魅力を伴わない。
聖人の気配り気遣いは、恐縮してしまうだけ。
~あるカップルの実話から…~
その日、2人は電車でデートしてました。
1日遊び疲れて、帰宅するために電車に乗ったのですが、満席で座れない。
彼女は「座りたい。疲れた。しんどい。死ぬ。」と言って、彼を恨めしそうに見つめます。
彼は仕方なく、他の車両に空席を探しに行き、3両先に空席を見つけ、そこに座って場所を確保してから、彼女に3両先に1人分確保したとメールをしました。
すぐに彼女はやって来て、席を交代。
彼女は彼に「ありがとう」も言わないで、ほっとした表情で座ってます。
まるで、疲れた彼女のために座る場所を探すのは男性の義務だと言わんばかり。
間もなく、駅に着きました。まだ2人は降りません。
何人か新しい乗客が乗り込んできました。
席はいっぱいです。彼も立ったままです。
1人の年配の女性が彼の横に立ちました。荷物も持っています。
彼女はすかさず、「どうぞ」と女性に席を譲りました。
立つと彼の耳元に「ごめんね。ありがと。」
彼は、この瞬間に、この女と結婚したいと思ったそうです。
彼女を家まで送って、さよならのキスをして、
「次のデートは、指輪を買いに行こうか。」
誰だって、自分は可愛い。自分は1番。だけど、それだけじゃ、ただの自己中。
でも、周りに気遣いしっぱなしなんてのは、やっぱりちょっと付き合いにくい。
自分を大切にして、ちょっとワガママも表に出して。
だけど、人としてのモラルや気配りは忘れない。
で、重要なのは、どちらも意識しているだけじゃなくて、行動に直結してる事。
思っているだけで、行動に移せないと、何も思ってないのと同じでしょう?
ステキなハートは目に見えて初めて魅力として他人に映るわけなのだから。
ポイントは、ワガママと周囲への献身とのバランスと共存。
この相反するような2つの感覚を正直にバランス良く行動に移すことができたらそれは、とっても魅力的で、性別を問わず愛される強力な武器なのです。
難しいのは間違いないですが。だって心そのものを鍛えないとダメですから。
でも、やっぱりトライし続ける価値はあると思うのです。
…皆様はどんな感想をお持ちになりましたでしょうか?
