四白流星尾花栗毛 -5ページ目

夏休み終了

 とうとう夏休み終了。
 「明日から学校行きたくない」という学生さんも多いだろう(笑)

 今日は天満屋に展示されている娘の書道の作品を見に行くついでに、普段は家族で行く機会が少ない岡山の街をぶらつきました。

 そこで普段S-Qtyでお世話になっている鳥井さん一家と出会い、お互いびっくり。今日は夏休み最後の休日だし子供も同世代なので、家族サービスとして行った先で偶然会うこともありますね。
 最近ライブに行くチャンスが減って極端に間隔が開いてしまってます。たぶん「気軽に行きやすいから」という理由からか、鳥井さんからはアリオのライブの推薦を受けました。ちょうど娘の誕生日のようなので、誕生日ということで連れて行けるか、誕生日だから連れていく時間がなくなるか微妙な日程。メンバー脱退のショックから立ち直るのに8ヶ月を要し、ライブでも半年のブランクを作ってしまったが、娘自身の口から「またライブに行きたい」という言葉が出たので行けるといいな。

 うちでは夏休みの自由研究は「東日本大震災」。この経験が娘自身や周りにどう役に立つかはわからないが、きっと何かが変わるハズ。

【奇跡の一本松(岩手県陸前高田市)】
四白流星尾花栗毛-奇跡の一本松

ライブ会場でのMIXについて

 2012年3月20日、私と娘はおもちゃ王国にいました。フリーパスで根限り遊ぶのと、解散間近で県南では最後となるSakuLoveのライブを観に行く為でした。驚くほどの数の三脚が並んでいましたが、右から行儀よく詰めて並べてくれていたので最前列に座れた私たちはそこでSakuLoveファンの会話を耳にしました。

 「この雰囲気で打っていいものだろうか?」

 会場にいたのはイベント関係者を除けばSakuLoveファンの他は全て家族連れ。しかも子供たちの平均年齢はかなり低く、家族数は多い。そんな中始まったライブで、いつものMIXでの応援に替えて手拍子で応援するSakuLoveファン。もうメンバー4人が抜けて3人だけで再出発するまでほとんど時間がないのに...。なんだか切ない気持ちになりました。

 SakuLoveファンはその時なぜMIXを控えたのでしょうか?
 それは盛り上がることより大切にしないといけないことがその環境にあったからではないでしょうか?


 「ファン同士が“MIX肯定派” と “MIX否定派” に分かれて意見の相違でぶつかり合っている」とのことで、S-Qty事務局からコメントが発表されましたが、にわかに信じがたいです。
 そもそもS-Qtyファンで“MIX否定派”と言われ、“MIX肯定派”とぶつかるような人がいますか?
 それは「応援スタイルは個人の自由」なんて承知の上で、「今まで守り続けて少しずつ築きあげてきたものがあるから、それに少し配慮してほしい」と言っているだけなのでは?

 “MIX肯定派” と “MIX否定派”がいたとして、ぶつかるのはおそらく観点が違うからだと思う。
 必要なのは相互理解であって、自由の尊重ではないのでは?

復幸マルシェ

「復興」ではなく「復幸」...

最近東北大震災関連の募金箱が減ってきてないですか?
瓦礫撤去はかなり進んだとはいえ完了していません。
あまりに大きな被害を受けた被災地では復興はまだまだこれからです。

被災地は見せものではないですが、是非とも一度訪れてみてほしいです。
必ず感ずるものがあると思います。

[南気仙沼駅近辺]
四白流星尾花栗毛-気仙沼



[鹿折唐桑駅近辺]
四白流星尾花栗毛-気仙沼



[気仙沼鹿折復幸マルシェ]
四白流星尾花栗毛-気仙沼


【気仙沼 鹿折復幸マルシェ HPより】

「気仙沼 鹿折復幸マルシェ」は、様々な人々が集うための場所です。街を再生させるためのコミュニティースペースなのです。

震災で住宅、商店、施設、職場、多くのものが消え、そして街が消え人が消えました。悲しさや悔しさ、無念さなどの想いとともに、この街を離れていった多くの人々のために戻る場所を、戻れる街をこの場所から創っていきたいと考えます。

これまで、そしてこれからも鹿折と関わり生きていく私たち、市内や近隣の町の人たち、応援や支援のために遠くから来てくださる人たち、誰がということなく人がこのマルシェに集えば少しずつ何かが前に進んでいくのではないかと考えています。

「街の復興のため…」、簡単でないことは痛いほど感じています。街を取り戻すためには多くのこと・ものが必要となります。復興は誰か一人の力でどうにでもなるものでもありませんし、今この街で暮らすわずかな人達だけで成し遂げることも難しいです。

たくさんの方の支援、応援を必要としています。

私たちは、以前の街を取り戻すことを考えているのではありません。何もなくなった鹿折だからこそ、新しい街づくりができると考えています。そして、新しい人々にも多く来ていただき暮らしてもらいたいですし、街を離れた仲間たちにも「戻れるようになったよ」と声をかけてあげたいのです。

「気仙沼鹿折復幸マルシェ」ふるさと気仙沼 鹿折の復興に向けて私たちはここから歩き始めます。