今日は4日に外観を御紹介したふるさと村のアピール館の内部を紹介する事に致します。![]()
左側に案内嬢がおられますので、わからない事があったら聞いて下さい。![]()
其の横を通の抜けて進むと軽い食堂があります。突き当りにエレベータがあります。がエレベータに乗らずに螺旋階段もあります。其の階段の壁際に新潟の昔や戦争中の様子や新潟地震を映した写真が、びっしりと貼ってあります。![]()
先ず新潟地震の写真が目に入りました。此の噴煙の出ている所は東臨港町の昭和シェル石油です。私は其の当時はタクシーの運転手で、西堀9にいました。ぐらぐらと来て立っていられない様でした。其の後すぐ乗客が付き。山の下に向かって走りましたが、万代橋前で落差が出来ていて車は通過出来ないので、お客さんに降りて貰いました。其のお客さんは此の写真と同じ様子を見て泣きな万代橋を渡って行きました。此の写真を見ると其の時を思い出します、若い女性でした。其のあとあの女性はどうなったのかなーと思い出します。![]()
下の写真は私の生まれた年の、昭和三年迄掛けられていた木の橋で。私賃を取ったり、橋が焼けた時が有ったりした、時代も有ったと言う、万代橋です。其れ以降今の万代橋は83年間も渡る事が出来て新潟市のシンボルともなっています。![]()
其の次に目に入ったのは戦争当時の写真ですが其れは又の時にして。一番上の部屋に昔の一班家庭の風景か農村の様子です。此の部屋は馬小屋か牛小屋でしょうか。牛小屋が私の姉の嫁いだ家は農村では、家に前に有って、トイレが牛小屋の中にありましたので。夜中に行くのは怖かったな~と思い出しました。![]()
昔の農家はわらじや米を入れる米俵などを。農閑期にみんな編んでいたものです。![]()
下の造り物を見て一班家庭でも大根を干して沢庵を漬けたり、味噌などを作ったり、餅を突いたり。笹団子を作ったりしたもんだなーと思いながら見ました。![]()









昨日3日新年ふるさと祭り最後の日で。樽たたき爺さんも、肩とももが少し痛い様なんです、年にはかないませんが。行かなきゃと思っていると。家内の弟が13時に

樽たたきを打つ舞台の有るのが。売場の中が(バザール館)で仮設舞台が作って

其のアピール館の向かって左側にグリンハウス
その又左側に池の有る庭園があり家が三軒あります。

昨日も同じく樽たたきから始まりました。続いて佐藤さんの太鼓てす。昨日はお弟子と一緒の演技でした。一寸ピンボケになって仕舞いました。失礼
最後に総踊りの演舞で祝い収めでした。昨日も樽たたきの仲間が横で踊って居す。太鼓の二人も中で、踊っているのか邪魔をしているのか、動いていました。ああしんど。
アメーバーの皆さん明けましておめでとう御座います。樽たたき爺さんは新年早々の元旦から、続けて三日迄ふるさと祭りに新春祈りの樽たたきを打つ事になりました。十三時半出番と言う事で、十三時にふるさと村に着きました。アピール館の入口を入ると。新潟市で一番高い建物朱鷺メッセイの大きな写真が飾られていました。


今日も多くのお客さんが私達を見てくれています。

