皐月も過ぎて

樹々の緑は

いつの間にか

新緑から濃い緑へと

変わっていた。

 

チェ・ヨンとウンス

そしてチュホンしか

入ることの許されていない

崔家の草原

崔家の湖

 

崔家のーーーー。

 

 

時折、テマンが

すっと訪れすぐに去るだけで

チェ・ヨンの父から譲り受けたこの場所は

ずっとチェ・ヨンと

チェ・ヨンを見守り、慈しみ

愛してきた

蒼白い月と樹々や草むらだけの

ものだった。

 

 

この広大な場所に

一人佇み

長い刻を過ごして来たはずなのに

チェ・ヨンはこの光景を

一度も見たことはなかった。

 

もう、二十も過ぎて

半ばに差しかかろうとしているのに。

 

 

 

先ほどまで静かだったそこは

突然幹を揺さぶり

濃い緑がぶつかり合い

激しく音を鳴らす。

 

そして浴槽から天を見上げると

螺旋のような弧を描きながら

落ちて来る。

 

 

チェ・ヨンは

 

「くれ」

 

と思わず呟き

空(くう)に差し出したその腕を

伸ばしたまま

頬を赤らめた。

 

その滴がまるで自分のそれのような

気がしてーーー。

 

先ほどまではそれを受け入れ

瞳に入れても閉じることなく

むしろ肌の奥まで染み渡って欲しい

そうすれば、その自由が

その法則のないただ自由な動きが

自分のものになるかもしれぬと

そう思っていたのに

 

今はそれが

なぜか恥ずかしくてならない。

 

自分の脳裏に蘇ったあの刻の姿が

あまりにも恥ずかし過ぎて

自分のことなのに

自分の記憶から掻き消したいほどに

焦っていた。

 

その刻発した自分の言葉も

その刻願った自分の想いも

その刻命令した自分の瞳も

 

すべてが恥ずかしくて

本当に己がしたことなのかと

頭を振る。

 

頭を振ると

滴が飛び跳ね

その滴がまた

自分にからみつく。

 

 

ごくりと

喉を落とす。

 

そこに一滴もなく

ただ大きな喉仏が

乾いたオトを自分の中に響かせる。

 

恥ずかしさは焦燥になり

熱すぎて

チェ・ヨンは

ぷるんとした唇を

ついに、開いた。

 

 

「くれ」

 

「俺に」

 

 

「その、ーーーーーーを」