古き良きアメリカ…というより
欧州の雰囲気を醸し出している
アメリカ東海岸に位置するボストン
ところどころ石畳になるその道を
5人の長身で端正な顔立ちの男達と
5人のそれぞれ特徴的な表情を持つ
可愛らしい女性達を乗せた
超ロングリムジンが 音もなく
夜のボストンを軽快に走っていく
オレンジ色の街灯の太い線が
リムジンの後ろへと流れていく
先ほど超吸引キスを皆の前で見せた
チェ・ヨン
柔らかいソファのような座席にもたれながら
窓の外を眺め
その細く だが大きな手を 長い指を
まるでピアノを弾くように動かしていた
その動く手を見つめるキム・タン
「こいつ 誰だ?」
「このような格好をして」
「あの仮装行列に参加してそのままなのか?」
そう隣に座るク・ジュンピョに
耳打ちした
ジュンピョがチェ・ヨンを説明する
ジュンピョとタン
二人が並ぶと
きらきらと眩しいイメージが
はんぱない
オーラが出ている
世界を相手に仕事をしているカリスマが
否応無しにあふれている
それもさまざまな権力をすでに手中にしている
そんな光り輝くオーラ
それとは対照的に
向かいに座るチェ・ヨンには
他を圧倒する 近寄り難い
いや 近寄ることすら許されない
そのような分厚い
質実剛健のオーラをまとっていた
チェ・ヨンと話をするには
それ相応の覚悟が必要
そのような気概のあるものしか
話すことなどできない
そのような空気があることを
ここにいる誰もが一目見て分かっていた
だが ユンソンだけは
そのチェ・ヨンと対等に話しをている
張り合う気持ちをむき出しにしている
自分の方が上なのだといわんばかりの
背負ってるものは お前と同じなのだと
言っているような表情をして
先ほどもチェ・ヨンに張り合うかのような
キスを キム・ナナとしていた
久しぶりに会うことができたばかりの二人
本当であれば二人きりになりたかった
なのになぜかこのようなことに巻き込まれ
リムジンに乗せられている
だから皆の前でするしかなかった
ボストンミュージアムの階段の上で
1回目のキスを
想いをむき出しにしてキム・ナナの唇を
吸い尽くすようなキス
2回目のキスは
リムジンの後部座席
二人だけの世界に入り込み
キム・ナナの顎を両手で覆い
力を込めて ナナの唇を割りながら
その中へ自分の愛を注ぎ込むような
湿度と粘度の高いキス
想いがこもりすぎたキス
ナナはされるがまま
ユンソンの細くてだけれど逞しい腕を
ぎゅっとつかみ
ユンソン………
待ってた………
そのような心の声が聞こえるかのような
二人の切ないキス
そんなキスをしていた
真ん中に座っているチョン・チノ
本当は熱い想いを 闘志を 持つ男なのに
今はそれを胸の中に必死にしまい込み
皆の様子をうかがっている
自分も早くパク・ケインと
もう一度 キスを 熱いキスを
交わしたかった
ようやく2週間ぶりに会って
交わしたボストンミュージアムでの
あのゲームオーバーキス
そのキスをチョン・チノは思い出していた
苦しかった あの時も
いつのまにか好きになってしまっていたのに
好きで好きでたまらなくなっていたのに
それが言い出せず
ケインが好きだった男への復讐というのか
まだ残っていたのだろう 気持ちが
その手伝いなどをしてたバカな俺
あいつに連れて行かれるケインを
見ていることなど出来るわけなく
あいつから引き離して
ようやく キスを
ずっとしたかった キスを
その唇の中に入りたかった 俺……
その温もりを味わいたかった 俺……
でもそうしたからこそ
こんな朝を迎えることができ
どれだけ俺は嬉しかったか
一度は諦めようとした愛
でも諦めちゃいけないんだ
そう想った
なぜなら
諦めなかったからこそ
今がある
こんな朝があるのだから
そんな昔のことを思い出しながら
今はキスだけでなく 早くその先へと
進みたくてしょうがなかったのに
もう自分が我慢できないくらいになっているのに
他の男達の強烈なキスを見て
早く 少しでも早くケインを抱きしめたいのに
常識派のチノにはそのようなことが
出来るわけもなく
先ほどのボストンミュージアムでの
あのキスが自分でも信じられず
ぎゅっとにぎりしめたこぶしを膝の上に置き
我慢している
周囲には 謙虚で 思慮深く
すでにそのような男として認識され
一目を置かれている存在になっているかの
ようだったチノ
チノの言うことは 正しく
チノのいうことは 間違っていない
そのような空気もただよっていた
チェ・ヨンが窓の外を流れる景色に合わせながら
手でリズムを取っている
すごく大きく でも細く長い指
そして このような無骨な男のように見えるのに
その手は すごく 滑らかで白く美しい
思わず皆が見とれてしまう その手の動きに
その手が打つ リズムに聞き入ってしまう
その指のリズム
キム・タンが見逃さなかった
「それ あの曲だろ?」
聞き流すチェ・ヨン
この前天界・ドイツに行った時に
聴いた あの印象的な曲
ケルン大聖堂の横にあるミュージックバー
大聖堂のあの敬虔な感じと
グランドピアノで弾いていた
この曲が すごく印象的で
チェ・ヨンはピアノを弾いてみたかった
そのバーの終了まで待って
「あの曲を 弾いてみたいのだが…」
そう店主に聞き 驚く店主に
そこまで言うのなら
そう許しをもらって 初めてピアノを弾いてみた
すると 楽譜もないのに
初見で 聴いた音だけを追って
見ていた鍵盤の位置の記憶だけで
このゆったりとした曲が弾けた
最初はつっかかるとことろもあったが
面白いように弾いていくことができる
繰り返し 繰り返し 弾いていると
店が終わって帰ろうとしていた
先ほどこの曲を弾き歌っていた男が
手ほどきをしながら 歌をつけてくれた
「ここはこうやって弾いて」
「ここはシャープ 上がって黒鍵を」
「ここフラット 1音下げて黒鍵を」
「手が大きいから1オクターブと何音いけるんだ?」
「すごくピアノに向いてるぞ この指は」
そう弾き語りの男が夢中になって
チェ・ヨンの才能をどんどん引き出していく
「ペダルも踏んでみて」
「音が広がるから」
「最初は厳かな感じで……」
「そう いいぞ……」
そうピアノの指導をしながら
歌をその旋律につけていく
チェ・ヨンが弾きやすいように
チェ・ヨンがその感情を
ピアノで表現しやすいように
Say something, I'm giving up on you
I'll be the one, if you want me to
Anywhere, I would've followed you
Say something, I'm giving up on you
何か言って そうでないと
あなたを諦めてしまいそうになる
私を欲しいの?
それなら私 あなただけのものになる
私 どこまででもあなたについていけるのに……
何か言って
でないと諦めてしまいそうになるから
この歌詞を聞き
チェ・ヨンは少し瞳をにじませながら
心が痛い そんな顔をして
眉間にシワをよせながら
ピアノを弾いていた
その表情を見て 男が言う
「いいぞ 感情があることが一番大事なんだ」
「ピアノを弾くには 感情がないとだめなんだ」
「ただきれいに弾くだけじゃだめなんだ」
「きれいに弾けるやつはいくらだっている」
「うまくなくてもいい」
「感情がどれだけ入ってるかどうかなんだ」
「ピアノは……音楽は……」
こんな白鍵と黒鍵の硬い鍵しかない
ピアノだが その指の入れ方一つで
音の強弱や柔らかさや強さが
全然変わるんだ いいな?
指の入れ方 落とし方
気持ちが重要なんだ
テクニックじゃないんだ
そう訴える弾き語りの男
「そう だんだんクレッシェンド」
「だんだん強く………」
「いいぞ そこから先は盛り上がりの前だから
ぐっと抑えて 感情を抑えて弾くんだ」
And I am feeling so small
It was over my head
I know nothing at all
自分がとても小さく感じる
自分の許容範囲を超えて
もう何がなんだか分からない
And I will stumble and fall
I'm still learning to love
Just starting to crawl
つまずいて転んで……
まだ 愛を学び始めたばかり
そして 分かり始めたばかり
Say something, I'm giving up on you
I'm sorry that I couldn't get to you
Anywhere, I would've followed you
Say something, I'm giving up on you
何か言って 諦めてしまいそうになるから
ごめんなさい あなたを理解できずに
私 あなたについていくから
何か言って 諦めてしまいそう……
チェ・ヨンは弾きながら
「愛しておる イムジャ……」
「愛しているのです イムジャ……」
「俺は…イムジャを愛している……」
「このように言っておるのに……」
「俺を分かってくださらぬのか……」
あの時の想いを思い出し
そう瞳に涙を溜めながら
そう呟きながら 指を鍵盤に落としている
すると
そのチェ・ヨンの辛そうな想いに
引き込まれたのか
もう一人 バイオリニストも入って
チェ・ヨンのピアノに合わせながら
弾き始めた
And I will swallow my pride
You're the one that I love
And I'm saying goodbye
私の本当の気持ち
ぐっと飲み込んでしまいそう
あなたは私が愛するたった一人の人なのに
私はさよならを言いっている……
「愛しておるのだ」
「俺はイムジャを愛しているから」
「俺から離れるな」
「離れないで」
「お願いです」
「俺と一緒にずっと一緒にいると
言ってくれたでしょう?」
「だから……」
「さよならなんて…」
「許さぬっ」
そのチェ・ヨンの想いが
ピアノを弾く手に乗り移り
ちょうど曲の盛り上がりの手前
「ここの間 そう sfz ダダダダーン」
「ここ一番 力を入れて 想いを込めて」
「そうだ お前 力あるから」
「いいぞ その弾き方」
弾き語りの男に言われなくても
想いが強すぎて
チェ・ヨンの想いが爆発して
鍵盤を壊さんばかりの力で
ベダルを踏む足にも力が入り
鍵盤を奥底まで押し込み
すごい力で 想いを吐露する
「お前 すごい……」
「この曲と その感情」
「マッチしすぎて……」
そういう弾き語りの男をよそに
ピアノを弾き続けるチェ・ヨン
瞳からの涙は頬を伝わり
首から肩へと
ぽたぽたと
落ちていた
Say something, I'm giving up on you
And I'm sorry that I couldn't get to you
And anywhere, I would have followed you
Oh-oh-oh-oh say something, I'm giving up on you
何か言って あなたを諦めてしまいそうになるから
ごめんなさい あなたを理解できなくて
私はどこへでもあなたについていけるのに……
だから 何か言って そうでないと諦めてしまうから
「ここからはリタルダンド」
「そうだんだんゆっくり……」
「静かに」
「音をためて」
「心を鎮めて 落ち着けて……」
「最後の音は 間を開けて」
「そう……」
Say something, I'm giving up on you
Say something...
何か言って お願い……
あなたを諦めてしまう前に
何かを……言って……
(*完全自由訳)
「お前 見込みがあるな」
「どうしたんだ」
「この曲 お前の境遇と一緒なのか?」
何も言わず 鍵盤に指を置いたまま
呆然としながら前を見つめるチェ・ヨン
自分の想いがピアノを弾くことで
表現できたことに驚き
快感を感じ
そして 鍵盤を眺めた
真ん中のドの音から2オクターブ上のドまで
鍵盤を そのきれいな指
右手の人差し指でなぞってみる
ウンスの唇に当てた指
ウンスの唇をなぞった指
ウンスの…ウンスの……
その想いしか湧いてこないチェ・ヨン
滑らかな木の感触
このような木からこのような音色がでることが
自分の感情をここまで表現できることが
チェ・ヨンには驚きであり
そして嬉しいひと時でもあった
「じゃあ通しで弾いてみるか」
そうやって3人で夜通し演奏した
Say Something
A Greate Big Wrold & Chrisina Aguilera
「この曲があっておる……この街並みに……」
そうチェ・ヨンは呟いた 一言
そしてその瞳 また切ない瞳になり
遠くを見ている
その景色の先を
じっと見つめている
横にいる ウンスの白く細い手を
ぎゅっと握りしめながら
絶対に離さない
そんな気持ちを露わにしながら
「俺 ここで暮らしたい しばらくの間」
そう ウンスを見ながら呟いた
「戻りたくないのだ あそこに」
「よいだろうか それでも……」
涙ぐむ ウンス
頷く ウンス
「皆には悪いけど 私にもよく分からないけれど」
「ヨンがそうしたいなら私……」
「どこまででもついていく」
「あなたは 私のたった一人の男だから」
そう チェ・ヨンの耳に
少し背伸びをしながらそう言った
リズムを取っていたその手を止め
ウンスを抱きしめると
またあのキスを………
キム・タンの目の前で始めた
驚くタン
このような古風な きっちりしたことしか
しないような男が
このように情熱的な
俺たちよりも もしかすると
情熱的な 辛すぎるキスをして
俺たちよりも 辛いのか
お前たち………
自分たちのあの辛かったキスを
思い出しながら
チェ・ヨンの
ウンスの唇を吸い上げる音を聞く
チェ・ヨンは目を閉じ その閉じた目の線が
一本の線になっているが
その線が波打ちはじめ そこから雫が
一滴…… 二滴……
こぼれ落ちたかと思うと
その雫 波のように落ち始め
周りにいる者皆が 息を飲んだ
チェ・ヨンという男
何がそんなに哀しかったのだ
何がそんなに辛かったのだ
かわいそうになって
その大きな躰を抱きしめてやりたい
そんな気持ちに駆られたキム・タン
その辛さ 自分でも良く分かったから
自分よりもっと辛そうだが
その辛さ 自分にもよく分かるから
吐き出せ
その想い
そんな瞳でチェ・ヨンを見つめている
どうしようもなく荒れたあの日々
探して 探して 探して
ウンサンを探して
諦めて
でも諦めきれずに
掴まえて
ジュンピョも
ユンソンも
チノも
皆同じ想いだった
皆辛くて 悲しくて
唇をぎゅっと噛み締めながら
拳を叩きつけながら
涙を流してきた男たちばかり
皆がチェ・ヨンと同じ気持ちになっていた
チェ・ヨンを想う気持ちになっていた
チェ・ヨンがウンスの唇を
ふっと ようやく離し
瞳から流れていた涙を拭うと
キム・タンが言った
「俺……この歌 歌えるぞ」
「俺 辛い時 この歌 口ずさんでいたんだ」
「お前 そんな格好して現代人なんだよな?」
「何か すごく古風な雰囲気がするが……」
前にも誰かがいったようなことを口にする
キム・タン
「ジュンピョ ジェットに乗る前に
どこかで この曲弾いてからいかないか?」
「その方がよさそうだ」
ジュンピョは少し考えると
「じゃあ あそこで」
「本当は自然の中がいいが ウォルデン湖あたり」
「だが今は夜だから それはまた今度にして」
「あの教会はどうだ?」
「ヨンも教会の横で聞いたんだろ? その曲」
驚くチェ・ヨン
自分のことをヨンと言っている
ジュンピョに驚いた
自分のことをヨンと呼べるのは
ウンスとヨン・クォン
そしてチャン・ビンだけ
なのにこの男 断りもなしに
ヨンと呼び捨てにしている
でもなんとなく心地よかった
絶対に年下に見えたが
何か 心地よい
なんのこだわりもなく
ヨン
そう呼び捨てにされることが
しがらみのなさを表していて
心地よかった
「トリニティ教会へ」
そうジュンピョは執事に行き先を伝えた
「ジェットに乗るのはその後だ」
そうも言い リムジンは進路を変え
ボストンの中心地にある
歴史あるトリニティ教会へと向かっていった
チェ・ヨンのピアノと
キム・タンの歌を
聞くために………