いつの間にかボストン ダウンタウンの
高速道路を運転していたユンソン。
同じ夜
同じような風景
同じ左ハンドルの右側通行。
♪「Lonely Day」by J-シンフォニー♪が
iphoneから流れている。
先ほどまでソウルにいたはずなのに……。
だが それに動じるどころか
オープンカーの運転席に座るユンソンの頬を
なでる風とともに
先ほどまで 車の後ろへと流していた
大きな瞳からの透明で辛そうな雫は
すっかり切れて
またあの、何かいたずらを企んでいるような
そんな気持ちを湛えながらキラキラしている
いつものユンソンらしい瞳に戻っていた。
しかし、そのくっきりと濡れた二重の
瞳の際は、先ほどまでの一人流した涙で赤いまま。
自分でもその熱さが分かった。
いつもそうだったから。
いつも一人で、涙を流していた。
一人っきりで泣いていた、ユンソン。
普段は人を見下した表情しかしていないのに
強気な顔しかしないのに
本当は寂しい男
寂しすぎる男
愛情に飢え切った男
ユンソン。
そんな寂しい気持ちしか持たない自分を
愛を捨てるように生きていた自分を
明るい自分に
そして
人生を変えてくれたのが
キム・ナナだった。
まさか自分が
まさかこのように
一人の女を
たった数日一緒にいないだけで
辛く、苦しく、心掻きむしられる
そこまで
それほどまでに
愛してしまうとは
まさか この俺が……
まさにこのような表情で
口元をゆるめ思わず
「はぁっ」
と一つ
息を吐きだしてしまう。
だがすぐにその口元を引き締め
俺の身を 挺してでも
助けなければ
守らなければならない女
それは
キム・ナナ
そして
オンマ……
この世の中で二人だけと
固く心に誓うユンソン。
バックミラーで自分の顔をちらっと見る。
「このくらいなら 着くまでには引くだろう」
そう呟き、アクセルを踏み込んだ
流れるLonley Dayの曲とともに
どんどんユンソンの表情が
得意気な笑みに変わっていく。
オンマは無事に手術が済んで
経過も順調とシクチュンおじさんから
聞いている。
安心してキム・ナナのことを考えられる
ナナことで頭がいっぱいなユンソン。
キム・ナナの白く美しい顔。
だがその低い背に自分の顔を合わせるには
腰から肩をナナとは反対側へ逸らしながら
背中を少し丸めなければならなかった。
そんな俺の背中のカーブが
首から肩への丸めた躰の感じが
たまらなく好きだといったキム・ナナ。
二人の写真を見ながら
たった一枚の二人で撮った写真を見ながら
そう俺に呟いたナナ。
ああ早く…
早く…あいつを
キム・ナナを
俺のナナを
抱きしめたい
この腕で
この胸に
俺の胸に
そうナナヘの想いがあふれるユンソン。
「ただいま……」
そう言う俺。
すると、向こうから走ってくる
まるでやんちゃな子犬が
目をまん丸くさせた子犬が
慌てて駆けてくる
そんなナナの様子が目に浮かぶ。
オレンジ色の電灯が、また滲んで見えてきた。
どうしてもナナのことを思うと
悲しくても嬉しくても
瞳に涙が浮かんでしまう。
どうしたっていうんだ 俺は
今からあいつに会えるんだ
嬉しいはずだろう? 俺は
なぜだ なぜなんだと
そう自分に問いかけるユンソン。
悲しい時だけではない。
寂しい時だけではない。
嬉しい時こそこんな涙が出るのだと
自然に瞳に浮かぶのだと
ユンソンはまだその時
そんなことすらも、分かっていなかった。
それほど、人としての真の喜びを
感じたことがなかったユンソン。
右ひじをドアサイドに置き
大きな手のひらを余らせながら
長い指で、ぎりぎりっと
馴染みのよい革ハンドルを握り直す。
オートマをマニュアルモードにして
ギアを一段下げ、アクセルを踏み込み
真っ青なオープンカーを
思い通りに小気味よく加速させる。
その心地よい低いエンジン音を響かせながら
高速を降りると
ボストン市内に続く道へ
まるで吸い込まれるように消えていった。
アメリカ・マサチューセッツ州(MA)
ケンブリッジにある
マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学して
情報通信関連の博士号を取得したイ・ユンソン。
ボストンの街はすべて知り尽くしていた。
キム・ナナたちもこの街にいる。
17世紀にイギリスから渡ってきた清教徒が創った街。
アメリカでは古い歴史を持つ街の一つで
その街並みには欧州の雰囲気が漂う。
ボストンミュージアムの前で
車を止めるユンソン。
「間に合った……」
まだ明かりのついているミュージアム外観を見て
そう呟くユンソン。
コツ コツ コツ コツ。
靴音を、ミュージアム前の広い敷地の
石畳に響かせながら
エントランスへと入っていく。
アメリカの美術館は、
曜日によって
夜遅くまで開館していて
今日は2016年6月22日。
水曜だから22時まで空いてる日。
だからナナはまだここにいるはず。
心臓がもう胸から飛び出しそうなくらいに
ドキドキしている。
入り口を入ったところで
あまりに痛すぎて思わず胸を押さえ
立ち止まってしまった。
「大丈夫ですか?」
一人の女性がハングルで聞いてきた。
「え?」
「なぜハングルで?」
思わずそんな表情を見せるユンソン。
「ああだって その服のブランド、韓国のだから……」
そう微笑みながらその女性は言った。
後ろからユンソンと同じくらいの背格好をした
同じ年くらいの男が歩いてくる。
「パク・ケイン……」
「どうしたんだ?」
「ああこの人…あなたとすごく似た
感じのこの人……具合が悪そうだったから…」
そう言ってユンソンをじっと見つめる。
連れの男が不満気な顔をして
「お前…どこ見て歩いてるんだ」
「いつも男の顔を見て歩いてるのか?」
そう言いながら、ケインと呼ばれている
女性の手を引っ張り
自分の後ろへと隠した。
「ふっ」
そう右側の唇を少し上げて
「なんだ…こいつら……」
そういう笑みを浮かべたユンソン。
「お前…なんだ その顔は」
「心配してやってるんだろう?」
「失礼じゃないか」
そうつっかかってくる男に
「俺は心配してくれなんて一言も言ってない」
そう言い、インフォメーションへ
向かおうとするユンソン。
「おい 待てよ」
なぜか見逃せずに
畳み掛けようとするその男の腕を
パク・ケインがつかんだ。
「チョン・チノ! もういいのよ」
「私が勝手に声かけただけなんだから」
「でも……」
ケインはそう言い
インフォメーションに行くユンソンの後ろ姿を
その瞳で追う。
「お前……あいつ、知ってるのか?」
ますます不満気な顔になり
ケインに問いただすチノ。
「…ム・ナナは 今どこにいますか?」
「キム・ナナ!?」
思わず大きな声で言うパク・ケイン。
驚いて振り向くユンソン。
ケインとユンソンの視線がぶつかった。
またそんなケインを自分の後ろに隠そうとうする
チョン・チノ。
ユンソンがつかつかと戻ってきて
チョン・チノが自分の背後に隠している
パク・ケインに聞いた。
「お前、知ってるのか? キム・ナナを」
「お前っ? お前ってなんだっ。お前って」
またチョン・チノが間に入って
声を荒立てる
「お前、さっきから黙って聞いていれば
俺の妻に向かって 物の言い方がなってない」
「お前たち 知り合いなのか?」
そう聞くチョン・チノ。
うるさいなっ、という顔で
チョン・チノを押しやり
「お前に聞いてないんだよ」
「おい、お前。キム・ナナを知ってるのか?」
「あいつどこにいるんだ?」
いらいらした感情をむき出しにして
早く教えろというように
パク・ケインにユンソンは
問いただした。
チョン・チノはもう我慢できなくなり
ユンソンの胸ぐらをつかんだ。
「お前 いい加減にしろよ」
「なんなんだ さっきから」
「お前は、どけって言ってるだろっ」
二人がつかみ合いになりそうになったその時
その間に、突然侍の出で立ちをした
武士のような男が
同じく昔の衣を着た女性とともに
ふっと姿を現した。
思わず驚き後ずさりするユンソンとチョン・チノ。
チノはパク・ケインの腕を掴むと
自分の胸に抱え込んだ。
「大丈夫か?」
そう心配そうにケインに聞くチノ。
「大丈夫……」
一瞬チノの瞳を見つめ
「チノがいてよかった………」
そうケインはつぶやいた。
「どうしたんだ……ん?」
先ほどまでとはうってかわって
優しそうに聞くチノ。
訳のわからない男、ユンソン以外に
さらにもっと訳のわからない男女が
いきなりすっと影のように現れて
今ははっきりとした人影になっているのに
チョン・チのとケインはすっかり二人の世界に
入ってしまっていた。
というのもこの二人。
ここ2週間ほど忙しすぎてすれ違いの
日々を送っていたから。
ようやく仕事もひと段落して
先ほどここで待ち合わせして
久しぶり会ったばかりだった。
だが久しぶりに会ったというのに
本当は 美術館などより
早く愛しあいたかったのに、
どちらかというと年齢に見合わず
恥ずかしがり屋の二人は
建築のことや家具のことなど仕事の話ばかりで
大好きなボストンミュージアムを一周りして
ようやく
「これから名物のロブスターでも食いに行くか?」
そう言いながらあの壮大なエントランスを
降りてきたところだった。
二人とも仕事の話など本当は上の空なのに
ロブスターなんて食べに行きたくないのに
でも久しぶりのデートも
味わいたかった。
夫婦とはいえまだ新婚で
恋人気分でいたい二人。
オーソドックスに定番通りに
まずは デートをこなそうとするところが
チョン・チノらしかった。
だが
これから二人の本当の時間を楽しもう
そう思っていた矢先にこのアクシデント。
いやアクシデントの域を超え
現実にはありえないことが起こっている。
週半ばの水曜。
それも22時前の美術館は人などまばらで
このエントランスには
幸か不幸か
この5人しかいなかった。
インフォメーション担当者もすでに奥へ引っ込み
隣接するミュージアムショップも後片付けに
追われていて
誰もこの5人を見ている者などいなかった。
このどさくさに乗じて
チョン・チノはパク・ケインを
自分の厚く広い胸に抱き
皆とは反対を向くと
すっとキスを一つした。
軽いあいさつのキスではない
ケインの唇をまるで奪うかのような
まるであの時の
ゲームオーバーキスのような
キスを。
唇を喰み、ケインの唇を吸い尽くすような
それだった。
静かな館内に二人のキスの音が響く。
チョン・チノは、
ようやく2週間ぶりに会えたあの時から
本当はケインを抱きしめキスをしたくて
たまらなかった。
だが、生真面目なチョン・チノは
今日のデートのシナリオを描き
何度もシュミレーションまでしていた。
約束の時間より30分前に到着しケインを待つ。
あいつはどうせ10分以上遅れてくる。
ケインが俺を見つけて走ってくる。
俺の前で止まろうとするケインを
自分のこの少し頑張って鍛えたこの胸に抱き
そして一つ、熱いキスをする。
それから美術館にいってもよし
自分の家にいってもよし
ケインがしたいようにさせてやる。
家には料理の下ごしらえもしてある
外食でもよいが、自分の手料理も
食べさせてやりたかった。
どうせろくなものは食ってないはずだ。
そのように緻密に計画されていた
チョン・チノのシュミレーションは
残念ながら、最初からもろくも崩れさった。
いつものごとく。
パク・ケインは普段通りに歩いてくると
「久しぶり~」
そうにっこり笑って
「チケットはもう買ってあるの?」
そう聞くと、スタスタとエントランスに
入っていってしまった。
パク・ケインを抱きしめようとしていた
チノの両腕は可哀想に
力なくだらんと下に落ち
ケインの後を追いかけるしかなった。
ミュージアムに入ってからも
館内には人もいないし
学芸員も終了間際でいない
セキュリティーカメラはあるが
別に悪いことをするわけでないし
「いいじゃないか」
そうケインに何度も囁いたが
ケインは
『それどころじゃない』
そいうようにチノよりも展示品に視線をやりながら
後ろ手に手を振ると
目を輝かせながら
どんどん奥へと進んで行く。
自分の計画どおり抱擁やキスができないのは
チノにとって少し残念だったが、
目を輝かせながら装飾物を見るケインもまた
可愛らしく
『まあいいか。キスは後でゆっくりすれば』
そう思いながら、ケインの後をついて歩いた。
だがやはり館内設計を見るどころではなく
ケインの唇やうなじにばかり視線がいってしまう
チョン・チノ。
ケインも分かっていた。
チノが自分のそういうところを
じっと見つめているのを。
その視線が熱すぎて思わず自分も……
本当は自分もチノに抱きつきたかったのだ。
まるで遠距離恋愛みたいだったこの2週間。
たったの2週間離れているだけで
ケインも辛かった。
けれど、ここまで拒んだら
「やっぱりいいわよ」
今さらそう言うわけにもいかなかった。
そんな二人がどさくさにまぎれて
何もこのような場でこのような時に
このような口づけをすることもあるまいに
チノはもう我慢ができなかった。
目をぱちくりさせながら
でも次第に我を忘れてしまった
パク・ケイン。
チノのキスは見かけによらず
本当に情熱的で
実は
すごく
上手だった。
年下なのに……。
すでに結婚しているのに、心のどこかで
「今まで何人の人とキスをしてきたんだろう」
そう悲しく思う自分もいた。
そんなこと聞けなかった
聞きたかったけれど、年上の女としては
意地もあり
やっぱり聞けなかった。
はっと我に帰る2人。
3人が自分たちを見つめている。
「お前ら 何やってんだ?」
そう、先ほどの礼儀知らずな男が
また礼儀をわきまえない言い方で
突っ込んでくる。
ケインから唇を離し、じっと瞳を見つめると
「お前は黙っていろ」
そう耳元で囁いて自分の背中に隠し
「お前こそ、先ほどからなんなんだ」
「それにそこの二人 お前たちは
どこかの仮装大会にでも参加してきたのか?」
そう聞いた。
さきほどつかみあいの喧嘩に
なりそうになっていたことなど
昔風の服を着た二人がいきなり現れたことなど
そのようなめんどくさいことは
もうなかったことにして
さっさとこの場を離れたかった。
ウンスがとっさに言った。
「そ…そうなのよ」
「今そこの…といってもわりと離れてるけど
ハーバード大学で仮装大会があって
それに私たち参加してたの」
「それでこの人がちょっとこのミュージアムに
見たいものがあるっていうから来てみたの」
「そうよね? ヨン!」
「あ……ああ……」
皆びっくりした。
ここはアメリカ・ボストン。
なのに皆話している言葉はハングル。
見た目からして東洋人であることは
分かっていたが皆韓国人とは・・・。
二人が突然透明人間のように現れたことは
もう面倒だからと忘れたことにして
チョン・チノはケインを連れて
とにかくここを離れたかった。
そしてロブスターもやめて
早く家に帰り、早くケインを抱きたかった。
ケインを握る手がそう言っている。
ケインもチノの言いたいことがわかった。
「行こう」
そうチノがケインに囁き
二人が外に出て行こうとした時
ユンソンが
「おい、待てっ」
そう言って 行こうとする二人を引き止めた。
「キム・ナナがどこにいるか言ってから行け」
そう立ち去ろうとする二人のところに
回り込みケインの腕を取ろうとした時
チノが思わず、
ユンソンを殴ろうとして手をあげた。
だが、それより早くユンソンの手が
チノの腕を握り止めていた。
ぎりぎりとまるで力試しのような
ことをする二人。
「お前、いい加減にしろっ」
チノが顔を真っ赤にして怒る。
するとまるで武士のようないでたちをした
昔風の男が二人の間に割って入り
「二人とも、いい加減にせぬか」
そう言って二人の力の入った腕を
いとも簡単に引き離し
そしてあるべき場所へと
静かに戻した。
その瞳で二人をいなすチェ・ヨン。
「俺はチェ・ヨンと申す」
「そなたたち 名前は?」
すごい力の持ち主は
有無を言わせぬ物言いもする。
あまりの凄みに二人とも驚き
黙ってしまった。
「そなたたち名前は?」
「そう聞いておるが?」
重ねて言うチェ・ヨン。
思わずチノが
「チョン・チノだ」
ここにいるのは
「妻の」
そこでしっかりと一旦区切り
皆にしっかりと分からせると
「パク・ケインだ」
そう言った。
「して、そちらの血気盛んな、そなたは」
そうユンソンの方を向いて
静かに聞くチェ・ヨン。
「お前から先に言え。お前はいったい何者なんだ」
「突然出てきて」
思わず本音を漏らしてしまった。
またここでこんなことを言ってると
キム・ナナが帰ってしまうかもしれないのにと
あせるユンソン。
再びパク・ケインに聞いた
「おい お前 もういいから
キム・ナナがどこにいるか教えてくれ」
「時間がないんだ」
「帰ってしまったらすれ違いになるだろう?」
そうケインにまるで噛み付くように言う。
閉館間際に人を探している風なユンソンの気持ちも
分からなくはなかったチョン・チノだったが
自分の妻への態度が許せず
また二人がもめそうになった時
チェ・ヨンがいなすより先に
階段の上から
「ユンソンっ!」
そう叫ぶ声がした。
一斉に、皆、振り向く。
すると急な階段を飛び降りてくる一人の
可愛らしい女性の姿が目に飛び込んできた。
今まで啖呵をきっていたユンソンが
まるで人が変わったように
「キム・ナナっ」
「お前、動くなっ」
「危ないだろうっ!」
そう言うと まるで人間とは思えないほどの
スピードで階段を駆け上がり
キム・ナナを抱きしめ
そして先ほどのチョン・チノに
勝るとも劣らぬ熱いキスを
いや口づけといった方がよいだろう
そのような口づけをキム・ナナに落とした。
1分以上、ナナの唇を必死の形相で
吸い続けるユンソン。
無我夢中。
まさにそのような熱い抱擁だった。
思わず下にいる4人は見入っていた。
『まるで自分たちのようだ』
『自分たちと同じだ』
そう想うチェ・ヨンとウンス。
チョン・チノとパク・ケインもまたそう想い
見つめている。
するとチョン・チノの肩を
ぽんぽんっと叩く男がいた。
ク・ジュンピョだった。
ハーバード大学に先ほど突然舞い降りたジュンピョ。
自社開発中の瞬間移動マシンに乗ったのかと
一瞬思うほどだった。
そこで留学中のジャンディと出会い
二人は学内をデートして
そしてここ ボストンミュージアムへと
やってきた。
「もう22時だから終わりよ~」
「いや水曜って23時までじゃなかったか?」
「近いんだからちょっと行ってみよう」
そうジュンピョが言って二人手をつなぎながら
ここまでやってくると
新築ビルの設計を任せているチョン・チノが
階段の上を見上げていた。
肩を叩かれ
驚いて後ろを振り返ると
ジュンピョとその彼女のジャンディが
立っている。
横にいるのは ああ先ほど学内でも
仮装行列をしていたがその流れ者か?
そう思うしかない古風な服をきた
男女二人。
そしてその二人は、階段の上を見上げている。
そこにはまだキスを続けている
しかもすごい吸引音のするキスをしている
ユンソンとキム・ナナがいた。
思わずごくっと喉をならすジュンピョ。
ジャンディを握る手に力が入った。
まだ二人は 実は……。
そのような熱いキスはそれほどしたことがなくて
ウブすぎる二人のままで
ユンソンのキム・ナナヘの情熱ほとばしる
キスは 二人にとっては刺激が強すぎた。
そういえば 先ほど 通りすがりに
同じように背の高い男と背のそう高くない女が
学内へ続く木立の中で
あの二人とまったく同じような
見たことがないような口づけをしていて
それはあの二人と同じように
まったく止む気配もなく
陽気なアメリカ人から拍手喝采を浴びるほどで
ここにも同じやつらがいる
今日はいったいどうなってるのだ?
そうジュンピョは思いながらも
そんなふた組のカップルが羨ましくもあった
一方の チェ・ヨンとウンス
あのユンソンとナナの口づけレベルなどは
おちゃのこさいさいで
それより何より二人はあの蒼い草むらで
激しい愛を経てここに飛んできている。
だが、二人で天界にいるのはあのソウル以来
そしてソウル以外の天界へ二人で来たのは
これが初めてだった。
思わずウンスを抱きしめるチェ・ヨン。
「大丈夫か?」
そう聞く。
そういえばチェ・ヨンは天界に飛んでから
ウンスが大丈夫か
まだ確認すらもしていなかった。
チェ・ヨンは慌ててウンスの瞳を躰を
じっと見つめると
思わずウンスの唇に自分の唇を落とした。
ウンスを自分の胸にしまいながら。
チェ・ヨンがウンスに唇を落とす…
というのは
ユンソンとナナ以上のキスに値するもので
あったから
今度はこの二人の口づけに
皆の注目が集まる。
この古風な二人の口づけが一番すごかった。
ユンソンもその音に
チェ・ヨンから漏れ出すそのオトに
ちゅぅぅぅううぅぅうつっ
という自分たちとは異なるオトに驚き
思わず階下をナナとともに見る。
さすがにウンスは恥ずかしくて
瞳をあけてチェ・ヨンに
「やめて」
そういう視線を送るが
チェ・ヨンが止めるはずもなかった。
この自由な世界。
誰も自分のことなど知らぬ。
まったくの自由な世界にきて
何を我慢することがあるのか。
そう思うとチェ・ヨンの躰にはさらに力が入り
先ほどの物静かな男の姿はどこへ行ったのか
もう誰にも止められなくなったチェ・ヨンの
熱気あふれる愛がこのエントランス中に渦巻き
そこにいるチェ・ヨンとウンス以外の6人の躰をも
チェ・ヨンの大きな愛で包みこもうとしていた。
熱気あふれるその愛
死んでもなお生まれ変わってまた愛し合う
そのような現代ではありえない
純粋で果てしなく続く………
チェ・ヨンの深すぎる愛。
ソノオトは
いつまでもそこに
響き渡っていた。