「イムジャ…は………」
「知らぬ……」
チェ・ヨンは、ウンスがキスをした唇の奥で
その男の特徴的な喉仏を
大きく下から上へと動かし、
そしてまた下へと戻しながら
そう言った。
言葉にしてしまいそうになった
そのオトを、隠す。
自分の胸の中へ。
「今はよい……」
「イムジャは知らなくてよい」
「俺が、どれほど
そなたを想っているのか」
「そのようなこと」
「知らなくてよい」
チェ・ヨンは瞳を閉じ
唇に自分の愛する女を感じながら
そう、繰り返した。
これまでのことを思い返すと
胸が締まり痛くなる。
痛くなると、鼻がつんとする。
つんとすると、目が熱くなる。
熱くなると、頬が濡れる。
「Rain」
うそぶくチェ・ヨン。
愛しい男にキスをしていたウンスが
その瞳を閉じ、天を見上げる。
雲など一つもなく
あるのは
幾千もの瞬く星たち。
その男の頬を包んでいた
細い指がその背で
チェ・ヨンのRainをすっと撫で
自分の頬へと押し当てた。
染み入る
チェ・ヨンのRain。
感じるウンス。
チェ・ヨンが自分の頬から
躰の中へと入っていく。
「ヨン………」
ウンスは、チェ・ヨンの
あの瞳を見つめた。
そこに映っていたのは
まぎれもなく
それを見つめる
自分だった。
そこには、自分しかいない。
ウンスしか。
チェ・ヨンのあの濁りなき
漆黒の眼のすべてに写り込んでいる
自分。
見つめるうちに
それは次第に
揺れていった。
「イムジャ……」
「年が明けます」
「もう…すぐ……」
「新しい年が参ります」
「イムジャ……」
「どうしましょう……」
「二人で入りますか」
「二人で」
「二人きりで」
「入りましょうか」
「それとも……」
「行きますか?」
「あそこへ」
チェ・ヨンは自分の瞳に映る
自分を追うウンスに
そう、聞いた。
「入り…た…い……」
微かに聞こえた
自分の女のその返事。
チェ・ヨンは
初めてその女を抱き上げた時と
同じ笑顔を見せると
「では、参りましょう」
「そちらへ……」
「イムジャ……」
「温かい湯を並々と
沸かしてありますゆえ」
「俺の背中……」
「好きなのでしょう?」
「俺の胸よりも」
「でも…だめです……」
「今宵は…新しい年になるのです」
「今宵は…初めて…の日なの…です…」
「ですゆえ……」
「俺をではなく」
「俺が……なのです」
「よいですね」
「イムジャ」
チェ・ヨンは長すぎる脚を
珍しくもつれるようにしながら
歩き、そう、念を押した。
主人のように。
威厳を持って。
「ふふふふ……」
珍しくウンスが
そのような笑い声をたてる。
「何がおかしいのです」
「どうしたのです」
「なんなのです」
チェ・ヨンのいつもの言葉が
始まった。
ウンスはさらに笑う。
そして、抱かれている胸から
背中へと腕を伸ばし
すぅっと書いた。
あの文字を。
そうされただけで
チェ・ヨンは
「ああっ……」
上擦るような掠れ声を
あげる。
ウンスの文字は
滑らかであまりにも曲線で
すっと描かれ
チェ・ヨンの一番の
弱点を突いた。
「イ…ムジャ……」
「許しませぬ」
「今宵…だけ…は……」
「イムジャ………」
イムジャ……
年が明ける
初めての夜なのです。
許しませぬ。
俺が…です……。
よいですね。
イムジャ………。