2017/07/27 01:06up ver.

 

一気に、あそこまで駆け抜けるはずだった

チェ・ヨン。

 

一刻も早くたどり着きたかった。

あの場所へ。

 

時間がない。

全くない。

 

明日の昼までには

戻らねばならぬ。

王宮へ。

 

たった一晩。

いや、その一晩もすでに時僅かで

ウンスを抱きかかえての道程を考えると

無謀をはるかに超える行為であった。

 

だが、そうせずにはいられぬ

チェ・ヨン。

 

だからこそ、チュホンだけが頼み。

チェ・ヨンの愛馬、チュホンあらずに

なし得ない

この迂達赤隊長チェ・ヨンの

飽くなき愛。

 

 

「早く」

 

「イムジャを」

「早く」

 

「早く」

 

 

「早く…………」

 

 

 

だが、そのチェ・ヨンの想いとは裏腹に

自分の胸の中で

自分のいとしい

この世で無二のひと

あらがっている。

 

「離して」と。

 

 

「ここから下ろして」

「止めて」

 

と………。

 

 

勢い余るように

初でえとを成し遂げた

第一スリバン街のあの店の前で

チュホンを止めたチェ・ヨン。

 

いや、それより先に

チュホンの脚が止まっていた。

 

そうしないと

ウンスが落ちそうで。

自身から。

 

ウンスを愛しているチュホンは

自分の上でチェ・ヨンに争う

ウンスが落ちやしないかと

先ほどチェ・ヨンが思わず流した

一滴の雫を感じてからというもの

はらはらのし通しで

 

その後こぼれ落ちてきた

ウンスの大粒の涙を感じた時などは

躰がぴくんと震え

それまで軽やかだったその脚が

思わずもつれそうになるほどだった。

 

 

つい先ほど、典医寺のあの樹の影で

あれほどに愛し合ったはずの二人が

今は、このようになっている

 

この二人の想い。

 

この世の誰一人として

永遠に感じることなどできぬほどの

激しさなのに

 

なぜか、いつも

すれ違ってばかりいる

チェ・ヨンとウンス。

 

 

「どうしてか」

 

「どうしていつも」

 

「こうなのか」

 

 

「この男とウンスは」

 

 

チュホンは自慢のたてがみを

シュンっと振り

一声いななくと

 

もうこれが限界だという表情で

わざと

あの二人の

初めての店の前で

その脚を止めた。

 

 

 

典医寺で

ウンスの部屋へ駆け込む前の

チェ・ヨンに

 

艶々に輝く栗色のたてがみを

すぅ〜、すぅ〜っと

あの滑らかな指で撫でられ

 

「チュホン……」

 

「頼むぞ」

「今日も」

 

「あそこまで」

「止まらず一気に」

 

「お願いだ」

「チュホン」

 

「いつものように」

「お願い…だ……」

 

 

そう、切願されたのに。

 

そっと一つ

いつものように

 

いや、まるでウンスとするはずの

それを、練習するかのように

 

あのぷるんとした下唇と

幾分細い上唇を

僅かに開けながら

這うように口づけされ

男と男の約束を交わしたのに

 

チュホンは初めて

それを破った。

 

チェ・ヨンは幼い頃からの

主人であり、友であり

それこそ唯一無二の相棒だった。

 

だからこそ、その男の言うことは

絶対であったが、

チェ・ヨンが

自分の意にそぐわぬ願いをする時は

チュホンから断ってきた。

 

それをしては、ならぬ。

それは、お前のためにならぬ。

それでは、お前が危ない。

 

と……。

 

チェ・ヨンを

戒めるように断ってきた。

 

そもそもそのような願い、

ほとんどなかったが。

 

それに、一度交わした約束を

途中で反故にすることもなかったが。

 

この時ばかりは、

いや、ウンスがこの高麗に

現れてからというもの

このようなことが

頻発するようになっていた。

 

 

そして今も

 

「ならぬ」と……。

 

これ以上、あそこまでは

「無理だ」と……。

 

 

本当は、戦いへ行くと言って

ここを去ったあの瞬間から

早く戻ってきたかった

一刻も早く来たかった

チェ・ヨン。

 

チュホンは、

「ここで一度、頭を冷やせ」と

まるでそういうように

チェ・ヨンを振り返り

目配せをした。

 

その隙に

自ら滑り落ちるように

チュホンから降りようとするウンス。

 

落馬しそうになる。

 

 

「危ないっ」

 

チェ・ヨンはそう言いうと同時に

ウンスの腕だけでなく

その躰すべてを

赤いあざができるほどに

強引に掴むと

また、その女を自分の胸へと

叩きつけるように

抱きしめた。

 

 

「イムジャ……」

 

「ウン……ス………」

 

「行く……な………」

 

 

「おね…がい…だか…ら……」

 

 

そう、掠れた声で

やっとの言葉を言うと

 

ウンスの瞳を

食い入るように

 

その瞳の中に

まるで入り込むかのように

 

じっと

見つめた。

 

 

ウンスの瞳に

自分の

情けないまでの

その表情が

はっきりと

 

映るまで………。

 

 

 

イムジャ………。

 

話が…ある…ので……す。

 

いいから

俺の言うことを

 

聞い…て………。

 

お願い…です…か…ら…。

 

 

 


 

 

障子の部屋がある店へと

再びやってきたチェ・ヨン。

 

次、もっと昔に戻りますが

新たなる戦いからランダムに1話