あの崔家の湖の
白い砂浜。
チェ・ヨンはウンスに
「俺に」
「触れて」
そう命じながらも
きゅうぅっ
きゅうぅっ
と、まるで自分の足を
締め上げようとしているかのような
粒の細かい白い砂浜に足元を取られ
ウンスに集中しきれずにいた。
いや、むしろ。
どちらかというと、
あの時の自分を想い出し
苦しくなっている。
喉が
きゅぅっと
締まり
鼻が
ツゥンと
引きつる。
いつも。
いつも。
いつもーーーー。
あの時のことを思うと
チェ・ヨンはいつも
そうだった。
封印したはずなのに
結局そうはいかず
時に想い出し
今のようになった後
必ず
とめどなく
あの瞳が
雫であふれ返る。
自分の兄と慕っている
ヨン・クォンの想いを
知らなかった時には
もう
戻れない。
消すことなど
できるはずも
ない。
その想いを背負い
生きていかねば
ならぬのだ。
そう、悟ったチェ・ヨン。
だが、あの時。
結局は
自分がそうさせてしまったのに
ヨン・クォンの匂いを
一瞬でもまとってしまった
ウンスが
許せず
どうしても
許すことができず
まさにあの時こそ
こんなに
酷く残酷な想いが
あることを
初めて知ってしまった
自分が
ウンスにしたことと
いえば……。
ヨン・クォンにも
ユ・ウンスにも
自分のエゴで
辛い想いをさせてばかりで
だが、それが
どうしても許せずに
さらに酷い想いをさせている。
ヨン・クォン…。
それに
チャン・ビン。
さらには
チェ・ヨンが
最も恐れている
ミョン・ノサム。
その呪縛からどうしても
逃れることができない
チェ・ヨン。
だが、今度こそ
それを乗り越え
いや、また、
同じことが
あったとしても
また、同じように
乗り越えてみせると
そう決め
ようやく
二人のあの場所へ
向かおうと
この白い砂浜を
急ぎ歩いていたはずが
一歩。
そしてまた一歩。
チェ・ヨンの歩みは
少しずつ遅くなり
果てにはそこに
立ち尽くして
しまった。
ウンスを抱いたまま
あの白い砂浜に立ち
蒼い湖の水面を
見つめる。
「どうした…の……?」
そんな瞳でウンスが
チェ・ヨンを見つめる。
先ほどの
あれほど待ち望んでいた
チェ・ヨンの口づけと
引き換えに
ウンスは
ありえないまでの
痺れを与えられ
話すことが
できなくなっている。
痺れだけではない。
ひどい熱を持ち
充血し
腫れ上がってしまった
それは
動かすこともできず
よって話せず
だから食い入るような瞳で
チェ・ヨンを見つめている。
だがーーーー。
チェ・ヨンはそのウンスに
視線を遣れず
ただ
自分の女を抱いたまま
湖の静かなさざ波を
じっと見つめるしか
できない。
「重くない…かな」
自分を抱き上げたまま
そこに立ち続けている
チェ・ヨンが
大丈夫かと
こんな時でも
ウンスは
そんなことを
考えている。
こんな時に
そんなことが気になって
「できればその腕から
私を降ろしてほしい」
「自分の足で立てるから」
「大丈夫だから」
そんなことすらも
思い始め
思ったら
いてもいられず
もがき始めた。
チェ・ヨンの腕の中で。
だが、その男の腕は
湖を見つめている
その空虚な視線とは裏腹に
自分の女が
自分の腕の中で
もがけばもがくほど
締め付けた。
まるで
怒りでもぶつけるかのように
きつく
さらに
きつく
締めていく。
「いた…い……」
つい、そんな風に
顔をしかめる。
本当は
そんなチェ・ヨンの
強すぎる力を持つ腕を
腕の熱さ、その厚みを
感じられることが
嬉しくてたまらないのに。
締め付けられて
どんどん
チェ・ヨンのあの胸へと
押し付けられて
存分に感じてしまう
そのチェ・ヨンが
欲しくて
たまらないのに。
なのに、
本心とは裏腹の
行動を
つい
してしまう。
チェ・ヨンはそれでもまだ
湖を見つめたまま。
だが、その分厚い腕は
ウンスをこれ以上ないまでに
自分の真っ赤になっている
本当は白く滑らかな肌に
引き寄せ
押し付け
自分と一つであるかのように
しようとしている。
そんな押し問答の影で
チェ・ヨンは
瞳の下のまつ毛の間から
あふれそうになっている
チェ・ヨンのあの雫を
必死に自分の躰へ
押し戻そうと
していた。
「まだ…俺は…」
「まだ……」
そう呟きながら。
この
崔家の草原と
崔家の湖は
ずっと
チェ・ヨンだけのものだった。
そんな場所に
初めてウンスを伴い
やってきて
初めて二人きりの時を
過ごし
初めてさらけ出された
本当の自分の愛の姿に
慄き
だが
それ以上に
歓びをカンジた
場所。
ウンスに
「ここのことは誰にも言っては
いけませぬ」
「ここは、二人だけの
秘密の場所なのです」
「いいですね」
「分かりましたね」
と……
そう何度も何度も
繰り返し
言い聞かせてきたのに
それを自ら破り
ヨン・クォンを伴い
ここへ三人で
やってきてしまった。
だから
二人だけの秘密の場所で
二人だけの想いで満たされる
そんな場所が
それほどに
大切なここが
他の男のことを
思い出してしまう
場所へと
変わってしまった。
自分のせいで。
やはり
すべては
自分のせいで
すべては
自分の判断の
誤りからくるもので
すべて
自分のせいで
皆を困らせている。
そうとしか…
思えない
その想いを
今、腕の中に
ひしと抱きしめている
自分の女に
その呪縛から
助けてもらったばかりの
はずなのに。
また
この白い砂浜を
歩くうちに
その深い暗闇へと
落ちそうに
なっている
チェ・ヨン。
その時。
ウンスが
ばさんっ
と、チェ・ヨンの
衣の合わせを
ひき剝いだ。
チェ・ヨンの中で
きつく抱きしめられ
そのように
自由に
自分の腕を
動かせるはずなどないのに
ウンスは
あのいつもの
渾身の力を振り絞り
自分の男の躰を纏う衣を
剥ぎ
その胸を
あらわにした。
そこにあったのは
先ほど
ウンスが
必死に
押して
叩いて
泣いて
叫んで
戻した
赤いアト。
チェ・ヨンの透き通るような
白く滑らかで厚い胸は
真っ赤なアトが
まるで何かが浮き出るような
形を創り
その男の胸を
浸蝕しようとしている。
ウンスは
そのアトを
心から慈しむように
口付けた。
なぞり
そして
這う。
自分がつけたアトを
消すかのように。
本当は
自由が全く
効かなくなってしまった
自分のその唇で。
チェ・ヨンに
その根から引きちぎられるように
まるで自分のものに
してしまうかのように
吸われ続け
カンカクも
そのソンザイも
すべてが分からなくなり
痛みしかなくなっている
それで
その男の傷を
癒していく。
自由の効かない
その舌を
ただ
想いだけで
チェ・ヨンへの
飽くなき愛だけで
滑らせていく。
そろそろと。
つぅぅううぅうと。
ウンスの愛を
絶えることなく
滴らせながら。
「うぅっ」
思わず
呻き声をあげる
チェ・ヨン。
まさかの
行為。
またもや
ありえない
行為。
だが、それは
自分が最も
欲していた
行為。
「この胸を
どうにかして欲しい」
「この胸を」
「どうか」
「お願いです」
「この胸を」
本当は
ここに来た時から
ずっと
そう叫んでいた。
そんなチェ・ヨンの
隠ししまい込もうとする
心を
またもや
そうして
あらわにして
治癒していこうとする
ウンスに
チェ・ヨンは
「あああああああぁぁぁぁぁぁっ」
と、心の叫びを
湖に放つと
その白い砂浜に
崩れ落ちて
いった。
ウンスは
そこから
離れない。
その胸の上に
波は打ったが
しがみついて
決して離れない。
そして……。
白い砂浜に
埋もれゆく
チェ・ヨンの胸を
ただ
ただ
ただ………。
カンカクも
ソンザイすらも
分からなくなっている
自分のそれを
這わせ
撫で
そして
愛した。
どうして
分かるのです。
あなたは
どうして………。