ただ………

 

「ウンスの微笑む顔を見ていたい」と

 

「それだけでいい」と

 

「それで十分なのだ」と

 

そう願う、チェ・ヨン。

 

 

「笑っていてほしい」

 

「いつもあのひとには……」

 

「微笑みではなく、笑っていて…欲しい」

 

「くったくなく、無邪気に」

 

「俺の知らない………」

「だが、多分そうであっただろう………」

 

「子供の時のように」

 

 

「笑顔がよく似合う方なのだ」

 

「世の中の誰よりも」

「似合う方なのだ」

 

「ここに…今……」

 

「……俺の側にいる方は……」

 

 

蒼白い月を見上げている

振りをして

 

「Rain」

 

と、腕を差し伸べている

自分の女に

 

視線をそろそろと遣りながら

何度もその言葉を

繰り返すチェ・ヨン。

 

 

だが、その笑顔を

いつも打ち消してしまうのは

自分なのだと

それも分かっていた。

 

だからその男は

自分を責め

 

だからその男は

いつも

泣いていた。

 

一人で。

 

 

「笑顔でいてほしい」

 

「側にいてほしい」

 

「俺の言うことを聞いてくれ」

 

そう言いながら

 

自分がそれを

できなくさせている。

 

分かっていたが

どうしようもできない。

 

 

結局、自分はエゴの塊で

 

強く要求して

なのに

できなくさせて

 

自分の女を

自分の女でいることすらも

できなくさせて。

 

そんなことの繰り返しで……。

 

 

だが………。

それでも。

 

笑っているウンスを

 

できれば側で

できれば自分だけの前で

 

見つめていたいと

 

願っている。

 

 

なぜなら

 

無邪気に笑うウンスにこそ

その男は

凍りついていた心を

少しずつ、ほんの少しずつ

溶かされたのだから。

 

笑うことすら忘れていた自分。

 

だが、扉の

ほんのわずかな隙間から

あのひとを見て

 

気づいたら

微笑んでいた。

 

 

「この自分が……」

 

「………微笑んでいる」

 

あの時の驚きが

今もチェ・ヨンには

忘れられない。

 

 

そんなウンスに

なぜかいつも強引に

 

「自分の側にいろ」

 

と要求してしまうことが

 

実は

 

「恋」

 

だったのだと

 

まるでそのようなことを知らなかった男は

ようやく、悟った。

 

 

そして気づいたら、

 

その恋は

 

「愛」

 

に変わっていて・・・・。

 

どうにも自分が止められず

あの死角で

ウンスを

自分の女にした。

 

 

 

 

 

「インジャ」

 

「アイシテル」

 

「愛して…おり…ま…す……」

 

「俺の信義は、インムジャにあるのです」

 

「インジャ……」

 

 

ウンスへの何度目かの愛の告白を

 

あの、仮祝言の時に

恋文にしたため

皆の前で言葉にしたあの告白を

再び、心の中で唱え

 

そしてまた

静かに

蒼白い月を見つめながら

そんなことを想う。

 

 

 

それぞれに崔家の湖の前に立つ

二人の間をとりもつように

春風のような温かい風が

そよいでいる。

 

チェ・ヨンの真っ黒な髪が

その男の頬を撫でる。

 

ウンスの赤茶色の長い髪が

チェ・ヨンになびく。

 

空には雲一つなかったのに

蒼白い月に

いつしか灰色の雲がかかり

 

Rain

 

 

Snow

 

へと

 

変わっていた。

 

 

 

こんなにも温かい風が

チェ・ヨンの躰を取り巻いているのに

 

その頬を

 

一粒

一粒

ぽつんと

落ちてくる

Rainではなく

 

ふわり

ふわり

オトもなく

舞い落ちる

汚れないほどに真っ白で

ふわふわの甘い綿菓子のような

Snowが

 

覆っていた。

 

 

チェ・ヨンも

まだ分かっていない

 

だがどうしようもないまでに

頬にこもってしまっている

その熱で

 

しゅんっ

 

と一瞬で消える

 

Snow。

 

 

 

Rainよりも

 

もっと

もっと

 

もっと

 

チェ・ヨンの躰の中へと

吸い込まれ

 

その男の躰は

とことん

潤っていく。

 

 

先ほどから

そんな風にチェ・ヨンにまとわりついている

崔家の季節外れの春風は

 

いつしか

その男の躰を

縛り上げ

 

氷のように冷え切っていた躰を

熱の塊のように

充填させていた。

 

 

 

「インジャ……」

 

 

潤い滲むあの瞳で

ようやく

ウンスを見つめ

 

チェ・ヨンは

言った。

 

 

「今宵…………」

 

 

 


 

Rainが

Snowに……

 

風はこのように温かいのに

 

俺の躰

どうしてくれる

 

この俺の躰を……