チュホンの嘶く声が
草原から聞こえてくる。
今年という一年が
幕を閉じようとしている今。
ようやく二人はここに立ち
あの蒼白い月を見上げていた。
オトのない世界。
だが、そこには
草原、湖、樹々のそれぞれを撫でる
静かな風がある。
「雑音」というオトの一切ない
ただ、あの風が揺らし
揺れてささやく
それぞれの優しさであふれる
チェ・ヨンの場所。
チェ・ヨンの未来を
護るためだけに
ある場所。
その男の肌を
幼少のころからずっと優しく
撫でてきた風。
寂しがるチェ・ヨンを
包み込んできた風。
静かに揺らぐその風は
この崔家の草原と湖を
ずっと護ってきた。
チェ・ヨンのために。
その男のためだけに。
蒼白い月に照らされた水面が
崔家の風で
静かな波を岸へと
繋いでいる。
蒼白い月が水面で
ゆらゆらと揺らぎ
深い蒼で満たされている湖は
夜も深いというのに
その月明かりで
ほの明るく輝いている。
そのヒカリを頬に受ける
チェ・ヨンとウンス。
まるで愛し合った後のような
躰の内からあふれでてならない
白く輝く美しい二人の顔が
照らし出される。
二人の蒼白い月を
このように
ずっと
静かに
何も言わず
ただ、見上げている
チェ・ヨンとウンス。
すっと
ウンスの白く光る腕が
その月の方へ
再び
伸びた。
あのチェ・ヨンの邸宅の
あの二人の樹の側に
いた時のように。
「Rain………」
聞こえるか聞こえないか
それくらいの
ささやき。
横にいるウンスを
見えないくらい高いところにある
あの瞳から
ウンスに分からぬように
そっと見るチェ・ヨン。
そして
再び月を見る。
ぽつり。
チェ・ヨンの頬に
Rain
が落ちた。
感じる。
自分の肌に
落ち
自分の躰に
吸い込まれようとしている
そのRainを。
ウンスが呼び
枯れ果ててしまった
生の源
チェ・ヨンの潤いを
そうして満たす。
一粒のRainが
チェ・ヨンの躰の
隅々まで
浸透していく。
「美しい……」
チェ・ヨンの唇が
そうつぶやいていた。
「Rain」
と囁きながら
白い腕を
自分の蒼白い月へと
差し伸べる
自分の女、ウンス。
その姿はあまりにも神々しく
思わずひざまづき
その女に頭を垂れたいと
そう、思うほどだった。
チェ・ヨンは感じていた。
ただ静かに
こうして二人
自分の月を
見つめているだけ。
そうして
今年という時が
暮れていこうとしている。
新しい時を迎えようと
している。
何もせずに
ただ
月を見ているだけ。
ずっとそうして
過ごしているだけ。
だが
何も言わなくても
分かっていた。
どこにも触れなくても
カンジテいた。
側にいる。
自分の側に。
確かにいる。
だからこそ
感じられる。
Rain
を呼ぶ
あの自分の女のすべてを。
感じていられるーーー。
そんなことが
こんな些細なことが
何もしないこの時間が
今のチェ・ヨンには
心地よく幸せで
ならない。
先程までのことは
夢ではなかったのかと
そう思うほどで
チュホンの声も聞こえるし
あれは現実ではなく
ただ夢を見ていただけなのでは
ないのかと
そう思い始めていた。
「そうだ」
「俺があのようなことに
なるわけがない」
「あのようなことを
俺がするはずはない」
そう強く思うチェ・ヨン。
だが、その男の白い肌には
ウンスに激しく叩かれた
あの赤い跡が
色濃く
いくつも
残っていた。
今はそれを
知るよしもない
チェ・ヨン。
あの時を
二人の愛の時を
あそこで
迎えるまでは。
「Rain」
ウンスが手を
さらに伸ばす。
小さな背を
少しでも
そのRainに
近づけるように
背伸びをしながら
差し伸べる。
先程と同じように
遠く上から
ちらり
ちらち
と
恥ずかしそうに
視線を遣る
チェ・ヨン。
そうしては
自分も上を向き
一粒のRainを頬に受ける。
見ては
向き
受け
受けては
見て
再び向き
そうして
チェ・ヨンは
自分の潤いを
取り戻していった。
二人の愛を
ウンスとの愛を
求める前に。
「美しい……」
「rain………………」