ウンスと二人で戦いに出た

チェ・ヨン。

 

その背後をぴたりと護っていたのが

 

ヨン・クォン

ミョン・ノサム

チャン・ビン

 

この三人の男たちだった。

 

 

チェ・ヨンは迂達赤隊長の

任を解いてもらうことを

王に願い出て

 

すべてを理解した王は

この場はしょうがないと

一旦はそれを了承した。

 

今のこの刻だけ。

また、チェ・ヨンが戻れば

元に戻せばよいだけ。

 

そう王は考えていた。

 

だが、それはチェ・ヨンの考えとは

少し違っていた。

 

 

 

 

あの戦いの時を経て

結局は、一旦

王の元へと戻った

チェ・ヨン。

 

だが、その男の表情は

この場でウンスと仮祝言を

あげた刻の

あの意気揚々としたそれとは

少し違うものになっていた。

 

 

 

 

いろんな表情を持つ

チェ・ヨン。

 

その仕草は

ほとんど同じなのに

 

その驚くほど端正な顔に

浮かべる表情は

同じ男とは思えないほど

のものであった。

 

 

戸惑い

歓び

驚き

怖れ………。

 

 

その瞳一つで

あっという間に変わる

その男の顔。

 

唯一同じなのは

どんな表情になったとしても

その男を見た者はすべて

その瞳に縛られ

痺れ

囚われてしまう

ということ。

 

 

何ものにも興味などなく

無気力で

愛想などもちろんなく

何を考えているのかも分からず

ぶっきら棒でぞんざいな

そんな男の

だが、底知れぬ

魅力。

 

一度見た者を

すべて虜にしてしまう

その男の

凄み。

 

 

いつもは

 

閉じているか

伏し目がちな

そんな瞳。

 

だが、ひとたび真っ直ぐ見つめると

見ている者の瞳を貫き

その先まで行ってしまうような

そのような瞳を持つ

男。

 

 

そんな男が

そんな男の瞳が

 

戦いから帰ってみると

いつものそれでは

なくなっていた。

 

 

戸惑い

迷い

 

戻るか

行くか

去るか

 

そんなことすらまで

考え

 

答えは分かっているのに

自身をどう制御することも

できない。

 

 

王と王妃の計らいで

ウンスの元へと

あの刻のように駆け

そして抱きしめ

ようやく二人は

前に進める

そう確信したのに

 

自分の邸宅へと

ひとたび足を踏み入れてみれば

 

幼少の頃から

ためすぎてきた

想いのすべてが

こみ上げてきて

 

再び

壊れ……。

 

いや、正しく言えば

 

ようやく本当の自分を

一つまた

さらけ出し……。

 

 

そんな男の想いを

 

「もうよいでしょう」

 

「十分でしょう」

 

と、吐き出させ

どうしても今ここで

楽にさせてあげたかった

チェ・ヨンの母と

ウンスの母。

 

 

そして

その二人の想いに打ち震え

本当の自分を

吐露してしまった男の心を

救ったのは

ユ・ウンス。

 

チェ・ヨンが自ら

ずっと探し求め

ようやく見つけ

なんとか想いを遂げた

その女だった。

 

 

しばし

無の刻を過ごした二人。

いや、チェ・ヨン。

 

ただただ

ウンスの胸に

頬を寄せ

 

そこにじっとしてるしか

その刻のその男には

無理であった。

 

その男らしく

想いの抑揚があまりにも激しく

 

心が晴れそうにみえて

やはり

無理で。

 

行ったりきたりを

繰り返す。

 

 

そんなチェ・ヨンは

 

刻があまりにもなく

早くあそこへ行かねばと

焦るあまり

つい

この道を

選んでしまった。

 

 

「このまま二人で無音の世界へ」

 

「二人だけが、二人だけを

感じられていられれば

それでよいではないか」

 

そう、想ってしまった。

 

 

未来を向くはずの男が

無の世界を

夢みてしまった。

 

一瞬………。

 

 

 

 

「よいでしょう?」

 

「ここなら、いつも二人で」

 

「いられるでしょう」

 

「他の者など」

 

「邪魔などこないでしょう」

 

 

「あなたと俺」

 

「二人きりで」

 

「静かな刻を過ごすことができるのです」

 

 

「ここなら」

 

「インジャ………」

 

 

「俺と、ともに」

 

「俺だけを、信じて」

 

「俺だけを、見て」

 

「俺だけを」

 

 

 

「俺のものだけに、なれ」

 

 

「俺は、お前を…あなたを…インジャを…」

「俺だけのものに、縛り閉じ込めたい…

閉じ込めてしまいたい…の…だ……」

 

「そうするしかない」

 

「そうしか……できぬ………」

 

 

「そうでしょう…………」

 

「インジャ……」

 

 

チェ・ヨンの想いは

誰にも理解できない。

 

この男の想いは

誰にも分かるはずなど

ない。

 

 

チェ・ヨンの想いは

頑ななまでに頑固で

一度想ったらとことんで

 

ゆえに

許せない。

 

どうしても。

 

 

 

許さねばならぬ

その気持ちは有り余るほどなのに

それができず

そんな自分すらも

許せなくなってしまった男。

 

我慢しすぎてしまった

その男の心は

もう限界で

いや、限界など

当に超えていて。

 

ゆにえ、何も考えられなく

なっていた。

 

あの、チェ・ヨンが。

 

 

だから

この

無の世界へ。

 

ウンスを伴い

穏やかな笑顔を一つだけ

浮かべ

沈みこんでいった。

 

 

 

そこに止まり

ここから動くことをしたくない

チェ・ヨンの心。

 

まだ微かな未来を見つめ

そこに行きたい

ウンスの心。

 

 

すれ違う二人の心。

 

 

蓋をしたくて

自分だけのものに

してしまいたくて

これ以上は

もう無理で

 

チェ・ヨンの想いは

その一心で。

 

 

だから

チェ・ヨンは

 

その自らの

本当の心に

嘘をつくことが

どうしても

できなくて。

 

 

ついに

その心が

その躰から

 

離れて

 

しまった。

 

 

 

「インジャ……」

 

「二人で」

 

「二人きりで」

 

 

「いいでしょう?」

 

「インジャ」

 

 

「俺だけで」

 

「よいでしょう?」

 

 

 

「インジャ………」

 

 

 

 

二人だけで

 

いいでしょう?

 

インジャ……

 

 

俺だけがいれば

満足でしょう………?

 

そうでしょう……?

 

インジャ………。