「Rain」
「Rain」
「Rain………」
夜の帳の降りた宙に
淡いヒカリを伴う腕が
真っ直ぐに
伸びている。
二人の大切な
蒼白い月を
掴もうとするかの
ように。
透き通る肌を
衣の袖に覗かせながら
柔らかくしなやかな
細い腕を
天に伸ばす。
「Rain」
囁くように
その唇を
ゆっくり動かす。
「Rain」
分厚く
ぷるんと反り返る
唇が
微かに動き
隣の女の
「Rain」
のオトを
追いかける。
震える
オト。
伝わる
ココロ。
重なる
想い。
蒼白い月へと
突き出した顎が
細かく揺れる。
男の喉仏が
顎まで上り
勢いよく首元まで
落ちると
その顎は
ゆっくりと上がり
これ以上
行き着くところがないまでに
その背中へと
首の後ろが重なった。
喉仏に
蒼白い月の
三日月が
くっきりと
浮き出される。
そこに映し出されているのは
チェ・ヨンと
ウンス
二人の
重なる姿。
ぴんと張り詰めた静寂は
いつしか
柔らかい空気へと変わり
チェ・ヨンが跪いている地面から
男の濡れた匂いが
沸き立ち昇る。
白い蒸気が
月を見つめたままの
そんなチェ・ヨンを
包んでいく。
あの激しい震えは
徐々に小刻みになり
そして時々の
ぴくんとするだけの
動きに変わった。
月から
目が離せぬ
チェ・ヨン。
それ以外を
見ることが
怖くてできない。
今、自分は
一体
どうしたのか。
自分の愛する
いつも強い男で
いなければならない
女の前で
一体自分は
どうして
しまったのか。
怖くて
ただ月を
見つめることしか
できない。
その月に腕を伸ばしていた
ウンスは
すっとその腕を降ろすと
チェ・ヨンに
視線を
遣った。
包むように
その男のつむじを
見つめる。
鈍器で殴られたかのような
そんなひどい
チェ・ヨンの頭の
痛みが
すぅっと
消える。
頭上から
なにか柔らかいものに
包み込まれるような
温かさ。
心地よすぎる
温もり。
ウンスは
チェ・ヨンの前に
静かに戻ると
その男の頬に
自分の心臓を
そっと
微かに
重ねた。
チェ・ヨンの片方の瞳を
女の胸が
僅かに覆う。
チェ・ヨンは
突き上げていた
その顎を
ゆっくりと戻し
そろそろと
片方の視線を
横に反らす。
その眼に映るのは
二人の樹。
そよそよと
静かな擦れるオトを
奏でる
あの樹が
チェ・ヨンの瞳に
映り込む。
ウンスの手が
チェ・ヨンの肩を
そっと包む。
チェ・ヨンの肩に
手を重ね
自分の心臓を
チェ・ヨンの片方の
頬に
触れるか触れないかくらいの
そんなキョリで
向き合う
ウンス。
チェ・ヨンが初めて見せる
戸惑い、だが甘える
そんな瞳。
力の入った眉頭が
自然と浮き出ち
まるでそれを隠すかのように
その頬を
コクンと
ウンスの胸に
寄せた。
拗ねたようにも見える
瞳で
あの樹を
見つめたまま。
静かに流れる
大晦日の
夜の
一秒
そして一秒を
二人は今
ともに
過ごしている。
トクン
トクン
トクン
ウンスの鼓動が
まるで
母の子守唄のようで
チェ・ヨンの心を
じわりと
溶かしていく。
チェ・ヨンの背中に落ちた
四つの雫。
その男の肌に染み渡り
細胞へと
溶け込んでいく。
あの樹を
見つめる
チェ・ヨン。
その方頬は
ウンスの胸に
すっかり包まれ
静かに
自分の女の
久しぶりの鼓動を
聴いている。
変わりない
そのオト。
自分のオト。
自分だけのオト。
自分を包んでくれる
唯一の
オト。
チェ・ヨンとウンスは
しばらくそこで
そのままの姿で
オトと肌を重ね
自分たちの躰の隅まで
それで
満たされ切るのを
待っていた。
しまい込んでいた
想い。
止まらず
あふれ出すまでに
その想いが
満たされた時。
チェ・ヨンは
旅立とうと
決めた。
今。
二人の、あの
二人だけしかいない
あの、世界へ。
今年最後の夜を
思い切りぶつけあい
一つになることの
できる
唯一の、
あの場所へ。
だが、今は。
しばらくまだ
ここで
ただこうして
そっと頬寄せ
このオトを
聴いていたい。
そう、願う
チェ・ヨン。
自分が
待って
待って
待ち望んだ
このオトで
自分の躰が
満たされるまで。
このオトが
自分の躰から
あふれ出して
しまうまで。
もう少し
ここで
こうしても
よいでしょうか……。