「ヨ………ン…………」
「く…る……し……い…………」
「はあっ」
チェ・ヨンは
もどかしそうに一旦唇を離すと
「ふぅっ」
と、大きな息をつき
再びほんの一瞬で二人の甘すぎる匂いで詰まった
周りの空気を自分の胸に手繰り寄せ
ちゅぅぅぅぅぅううううぅぅう
と、
自分の女の唇を
これまで
ずっと視界に入るたびに
我慢し続けたそれを
離してなるものかと
吸いあげた。
何度も。
何度も。
何度も。
ウンスの唇はもちろん
チェ・ヨンの厚く
ぷるんとした唇までもが
あの
チェ・ヨンの
背中の
燃え上がる花びらのように
みるみるうちに真っ赤に
腫れ上がっていく。
痛くて
痺れて
逸れて
でもそれが余計嬉しく愛おしくて
カンカクがどんどんおかしくなり
濡れそぼっていく。
滴り
落ち……
……ていく………………。
チェ・ヨンはすっかり
ここがどこか
忘れ去っていた。
我を失っていた
チェ・ヨン。
このようなこと
一生あるはずのなかった
チェ・ヨン。
だが、出会ってしまった。
その男は。
どうしようもなく
何度もそうさせてしまう
この女に。
チュホンが嘶く。
激しく。
チェ・ヨンに。
前脚を蹴り上げながら。
ずっとその瞳を閉じ
二人の暗闇の中に
陶酔していたチェ・ヨンの
あのチェ・ヨンしかもたぬ
特徴ある耳が
ぴくん
と
動く。
さらに一声
チェ・ヨンを
呼ぶ
チュホン。
「ここではなく」
「あそこへ」
「早く」
「ここでは」
「ないだろうっ」
「くるぞっ」
チェ・ヨンの胸の中で
瞳を閉じ
その男に
身を委ねきっている
ウンス。
ぎりっ
いつもの下唇を噛むくせで
つい
チェ・ヨンは
チュホンのザワつきに
歯ぎしりをしてしまった。
ものすごく
痛いはずなのに
ウンスは瞳を閉じたまま
その右と左の端から
つぅぅぅぅぅ
つぅぅぅぅぅ
と
細い雫を
流しているだけ。
チェ・ヨンは
はっ
として
ウンスの唇を見つめると
その女の唇の端から
二人の愛とともに血の涙が
流れていた。
そんな真紅の雫を落としながら
ウンスは想う。
「どれほど辛かったか」
「心臓が何度
止まってしまいそうだったか」
「王妃様から話しかけられている時だけ
あなたが唇に笑みを浮かべるのを見て」
「あの時の辛さが。また、蘇り」
「やはりあなたは」
「やっぱり、チェ・ヨンは」
「まさか」
「違う」
「そんなはずない」
「何度私、その場を影から
こそこそと覗き
そんな自分のことが
いやで、いやで
たまらなくなっていたか」
「まさか私が
こんなことするなんて」
「あの時と全く変わってない」
「あの時と!」
「あの時、あなたと約束したのに」
「絶対にあなたのことを信じるって」
「でも…私……」
「その時の苦しみに比べたら」
「こんなの全然」
「むしろ……」
「どうにでも……」
「どうなっても…いい…………」
「あなたの…………」
「好きな…よ…う…に……」
「し…て………」
ようやく…………
ようやく待ち望んだ
チェ・ヨンのあの肌と
自分のそれを重ね合わせることができ
ようやく………
互いに
擦りつけるように
何度も
何度も
頰ずりすることができ
ウンスは
それだけで
よかった。
十分だった。
いや、本当は
今すぐにでも…………。
そう思ってないといえば
嘘になる。
そんな風に疼いてならない
自分の躰が
恥ずかしくたまらないのに
それでもなお
芯からジンジンと熱くなり
誰にも止められないほど
求めている。
この男を。
そういう躰に
すでに自分は
目の前にいる
チェ・ヨンによって
されてしまったのだ。
この男に
そう、させられた
のだ。
ウンスは
理解していた。
だが、本当に
それよりも
何よりも
このチェ・ヨンの肌が
これほどまでに
自分に必要で
自分の一部に
なってしまっている
その事実を
その真実を
今、まさに
存分に
感じている
ウンス。
だから、チェ・ヨンによって
どうされようと
それ以上の幸せなんて
どこにもない
そう、思う。
自分の唇から
血が流れているのに
チェ・ヨンのあの
匂いをまさに今感じたその舌に
鉄の錆びたような
アジを
カンジテも
むしろそれは
歓びでしか
なかった。
「もっと」
という、想いでしか
ない。
天界で毎日
いやでも浴びるように
嗅いでいたこの匂い。
一瞬、懐かしく感じたが
それだけ。
それで、お終い。
もうとっくにそんな過去は
どうでもよく
捨て去り
忘れ去り
チェ・ヨンの横だけが
自分の居場所なのだと
そう、心に決め
今まさに
それは正しかったのだと
感じている。
だが、チェ・ヨンは
自分の失態に慌て
叫んだ。
「ミン・アンっ」
「早く、早く手当を」
「大変だ」
「インジャがっ」
久しぶりに見たウンスの血に
チェ・ヨンは慌てふためき
昔のようにそれを
吸い取ってやろうなどという
余裕が
今のこの男には
まるでなかった。
「ここはどこだ」
「ここは…」
「はっ」
「家の前ではないか」
ざわっとした風に
きっと斜め上を見上げる
チェ・ヨン。
黒い影が
すっと
走った。
「ひゅっ」
テマンを呼びつける。
すっと
音もなく
チェ・ヨンの背後につく
テマン。
ウンスに悟られないように。
チェ・ヨンもまた
ウンスに気づかれぬよう
瞳で影の方向を指し示し
合図した。
さっと屋根に駆け上がり
音もなく駆けていく
テマン。
走りながらスリバンを呼ぶ。
口笛を
「ぴゅっ」
と吹きながら。
「ほれみたことか」
チュホンが
チェ・ヨンを
ありえないほどの
冷ややかな瞳で見つめる。
チェ・ヨンの執事が
そんなチュホンをすっと引き
すぐにまたたてるよう
餌場へと連れて行く。
そんな一瞬の出来事が起こっている合間に
チェ・ヨンがここだと見せたウンスの唇を
ミン・アンがすっと診て
「ああ、かなり深く…」
そう言いながら
チェ・ヨンを
きっと睨見つけた。
ぷいっ
と横を向く
チェ・ヨン。
だが、すぐ
そのようなことをしてる場合ではないと
我に返りミン・アンに向き合うと
「大丈夫…だろ…う……?」
そう、心配そうに聞いた。
ミン・アンは
冷ややかな瞳をさせながら
「とりあえず、塗り薬を
塗っておくから
悪化させないように」
「しばらく、このままで」
「だめよ」
「塗り薬」
「舐めちゃ」
「しばらく」
「いいわね」
チェ・ヨンはすっかりうなだれ
ウンスをミン・アンから取り上げるように
再びすっと抱き上げると
自分の邸宅へと消えていった。
闇に同化し紛れ込むように。
ウンスに向けられた
昔のままの
チェ・ヨンの優しすぎる
瞳。
その瞳にウンスは安心して
濡れたそれを閉じた。
一つの瞬きとともに。
それを待っていたかのように
チェ・ヨンは
矢のような光を漆黒の奥に宿らせ
四方を確認する。
あの
いつもの
いや
いつも以上の
見たことのないほどの
凄みのある
迂達赤隊長
チェ・ヨンの瞳で。
だが、それも一瞬だけ。
ウンスの瞬き一つ
たったその間だけ
変わった
チェ・ヨンの瞳の色。
なのにそこにいたすべてのものが
理解していた。
その男の瞳の意味を。
ウンス以外の
すべての者が………………。
誰だっ