王宮へ

チュホンが自分を連れて来た時から

チェ・ヨンは淡い期待を

抱いていた。

 

 

本当は

もっと早く、ここへ

ずっと前から、独りでここへ

来たくてたまらなかった

チェ・ヨン。

 

心の中では

ずっとそれを欲していた

迂達赤隊長。

 

 

いつもは

王が

チェ・ヨンを請い

 

焦れて

焦れて

 

焦れすぎて

 

ようやく訪れる

迂達赤隊長。

 

 

だが、チェ・ヨンは

 

できることなら

王の元に

影のようにかしづ

何か相談あればすぐ側へ

 

一度でよいから

王の第一の臣下らしく

そのようにしてみたかったが

 

その男は

あえてそうして

こなかった。

 

 

日中のほとんどを

迂達赤兵舎か

折衝に出向き

忙しい素振りを見せている。

 

その間に

日に何度かは

典医寺に回り道して

あの樹の影から

ウンスの姿を探し

 

ふっと微笑んだり

顔を真っ赤にして怒ったり。

 

それ以上に

 

雷功を伴うほどに震える拳を

必死に抑え

可哀想になるほど

肩をがっくり落とし

その場を去ることの方が

多かった。

 

 

 

 

「王様は

本来、私とは比較にならないほどの

策があられるお方」

 

「一国の長になるべく

生まれながらに身につけられている

誰にも決して真似することのできぬ

威厳」

 

「私がお側であれこれ

余計なことを

言わぬ方がよいのです」

 

 

「王様は、お一人ですべて

お出来になられる方なのですから」

 

 

「私チェ・ヨンは

必要な時

この武力を持ってお護りするだけ」

 

 

いつしか

こう考えるようになっていた

チェ・ヨン。

 

だからこそ

あえて、王の側にはおらず

いよいよとなってから

現れる。

 

 

だが、そんな自分であったからこそ

 

王の元へ行きたい時に

行けない

 

そんな境遇を

自ら作ってしまっていた。

 

 

 

もともと

人に相談するような

男ではなかったが

 

人生、初めて経験している

ユ・ウンスとの恋だけは

このチェ・ヨンにも

どうしようもできないもので

 

できることならば

これまでのように

ヨン・クォンくらいには

相談したかった。

 

無理ならば

恋敵ではあったが

すべてを許してくれそうな

チャン・ビンに。

 

それも無理ならば

これまで何の関係もなかった

最も第三者的存在とも言える

ミョン・ノサム……。

 

 

そう思ったところで

チェ・ヨンは

 

 

「いや……」

 

と、いつも

激しく左右に

首を振る。

 

 

「だめだ」

「あいつだけは」

 

「絶対、だめだ」

 

「あいつだけは、危ない」

 

「危険すぎる」

 

「あいつだけは……」

 

 

戦いに行っている時も

戻ってからのここ数日も

こんなことばかりを考える日々。

 

チェ・ヨンの別邸を

二人で戦いへ行くために

ウンスとともに離れてからというもの

その想いは

日に日に強くなるばかりだった。

 

 

 

あの王宮で

強敵すぎる恋敵

チャン・ビンと対峙し

 

あの崔家の湖では

ヨン・クォンの存在に

これでもかというほど

苦しめられ

 

狂うほどに

虐めるほどに

ウンスを愛すことしか

できなかった

チェ・ヨン。

 

 

だが、そのどちらも

結局は、

 

「チェ・ヨンのウンスなのだ」

 

そのことを

ウンスとともに納得いくまで実感し

なんとか乗り越えてきた。

 

 

しかし、その後の

チェ・ヨンの別邸で

戦いにいよいよ行こうと

そう決めた時。

 

二人ならずとも

さらなる強敵

赤ん坊のころからの幼馴染という

ミョン・ノサムが現れた。

 

 

三人とも、そもそも

ウンスを自分のものに

しようなどと

これっぽっちも想っていない。

 

「ウンスはチェ・ヨンのもの」

 

そう、理解している。

 

だが……。

 

 

そう、納得しているだけで

 

「ウンスを想う心は自由」

 

そう無意識に考えているのが

ウンスを愛するチェ・ヨンには

痛いほど分かった。

 

三人とも

ウンスを見つめる瞳が

まるで違う。

 

そんな自分にふと気づき

慌てて隠そうとするが

隠しきれず

去ることもできずに

また、影から見つめている。

 

 

「まるで昔の、いや今ですらも……」

 

「俺、そのもの」

 

 

そんなことを

日に何度も何度も感じざるを得ず

そうするうちチェ・ヨンには

もう、何が何やら

自分でも分からなくなってしまっていった。

 

 

これではだめだと

チャン・ビンも

ヨン・クォンも

一度はチェ・ヨンの元を去ろうとしたのだ。

 

これでは

チェ・ヨンの心が

ダメになると

そう考え、

この男の側にいてはならぬと。

 

だからこそ、去ろうとしたが

チェ・ヨン一人では

この視察という名の戦いは

どうにも危うく

迂達赤隊員たちが見護ると言っても

おそらく無理であろうと

そう判断するしか

なかった。

 

 

「やはりここはともに

護るしかない」

 

そう考えた三人。

 

チェ・ヨン自身も

自ら

ヨン・クォンに

チャン・ビンにも

 

「行くな」

 

「俺の側にいてくれ」

 

そう、言ってしまった。

 

 

それが、チェ・ヨンの

本当の苦悩の

始まりだった。

 

 

 

 

いつまでも

戦いに行かず

ジリジリしているチェ・ヨンに

痺れを切らし

王は自ら

チェ・ヨンにあることを告げるため

その男の別邸まで追いかけてきた。

 

 

 

「もう、戦いはよい」

 

「あれは、私がお前を試すためだけに

言ったこと」

 

「偵察程度なのだ。そもそも」

 

「だから行かなくて良いから

もう、王宮へ戻れ」

 

そう、言った王。

 

だが、チェ・ヨンは

首を縦に降らず

逆に迂達赤隊長を辞することを

願い出た。

 

 

王の命が狙われていることを

チェ・ヨンは

密かに把握していたから。

 

王の命を助けるためには

チェ・ヨンは

その者たちの先回りをして

捉えなければならなかった。

 

だが、自分の妻ウンスが

 

戦うことをことのほか嫌う。

「できれば話し合いで」

そう願ってやまない。

 

チェ・ヨンはどちらも取ることができず

王に願い出た。

 

ウンスと視察に出ることを。

 

そのために

迂達赤隊長を解任してほしいと。

 

その言葉に

我を失った王。

 

だが、その横にいる

ユ・ウンスを見て

 

また、あの時のように

チェ・ヨンが王に

密かに目配せをするのを見て

 

王はすべてを悟った。

 

だから、そのようなことを

許したのだ。

 

 

王とチェ・ヨンとは

そのような関係。

 

ここまでの

切っても切ることなど

どこの誰にもできぬほどの

主従関係になっていた。

 

 

 

だからこその今がある。

 

 

 

チェ・ヨンの願いが叶えられた今。

 

ありえない姿を

だが、自分の本心を

晒しきっているチェ・ヨンの今。

 

 

ありえない姿で

チェ・ヨンを抱く王。

 

心底満たされ、満足気な表情を

これでもかと見せつけている王。

 

 

ようやく

自分の最もしたかったことの一つを

果たすことのできた

このうえない満足感で

今、王は、

満たされていた。

 

 

あのチェ・ヨンを。

 

この高麗ばかりでなく元にまで

名を馳せ

そして天界までも趣き

再び戻った

この天下の名将

チェ・ヨンを

私がこうして抱きしめ

癒している。

 

王の喜びは

チェ・ヨンのそれを

はるかに

超えていたかもしれぬ。

 

 

 

 

「王様に、俺の気持ちを吐露したい」

 

「王様に、俺の気持ちを分かって欲しい」

 

「王様なら、俺になんと言うのだろう」

 

 

「王様なら、俺をなんと言って

助けてくれるのだろう」

 

 

「王様……」

 

 

もはやチェ・ヨンの心の拠り所は

一国の長、王にしかなく

そんなことを何度も想像しては

打ち消していた日々。

 

 

それが、今。

 

チェ・ヨンの想像をはるかに超える状況で

こうして王に

抱かれている。

 

 

 

「私を信じろ」

 

「私の言うことを聞け」

 

 

そう、命令されながら。

 

 

躰を蝕んでいたチェ・ヨンの悩みは

その瞬間

ふわっと消え去り

 

 

「王様の言うとおり、すればよいのだ」

 

 

そう、素直に想うことができた。

 

 

これまでも

自身に何度も言ってきた言葉。

それと同じことを

今王は、言っただけなのに。

 

同じ言葉と同じ想い

 

であるのに

 

王がチェ・ヨンに

言い聞かせた言葉は

自分が言い続けてきた言葉とは

まるで違って聞こえた。

 

その一つ一つに

なぜかうなづくことができ

 

だからウンスを

あの時のように再び

自分の想いそのままに

 

「愛したい」

 

「思いっきり」

 

そう思えた

この瞬間。

 

 

チェ・ヨンは

王に

言った。

 

 

「私で……よいのですか?」

 

「私で…………」

 

 

「本当に…………」

 

 

上目遣いの

濡れた

チェ・ヨンの

 

瞳で………。

 

 

 

本当に……?

 

よいの…です…か………

 

私で…

 

王様……