「テ……ジャン……が……」
「泣いていないかぁぁぁぁっっ???」
一同、口を揃えて
叫んだ。
あまりのチェ・ヨンの出で立ちの悩ましさに
泡を拭きながらつい先ほどまで
失神していた迂達赤隊員たち。
あろうことか
台所にいる
チェ・ヨン。
さらにはそこで
ぶつぶつ言いながら
時ににやりとしながら
だが汗をじわりとにじませ
あの透明で厚い背中を
徐々に真っ赤にさせながら
握り飯を握っている。
さらには
その出で立ちが……。
最近のチェ・ヨンは
朝稽古が終わり水浴びをする時
なぜか人払いをするようになり
残念に思っていた
隊員たち。
以前は
チェ・ヨンのしごきに
まったくついてこれず
すぐ倒れていた隊員たちに
ざんっ
と水を浴びせ
ついでに自分も
すっかり余計な汗をかいてしまったと
恥ずかし気もなく衣をすくっと脱ぎ
頭から
ざばんっ
と誰よりも
勢いよく水を浴びていたのに。
どうしてここまで
羞恥心がないのか。
高貴な家の出なのに
あまりのその
開けっぴろげで
物怖じという言葉が
どこにも見当たらぬほどの
おおらかさに
誰もが一様に
驚いていた。
驚いていたのは
それだけではない。
それ以上に
自分たちの目の前にさらされる
その躰に
驚いていた。
いわゆる
筋肉隆々の
自分たちのような
見慣れた躰では
決してない。
全く違う。
どこにも存在しない
その躰。
そのように
不思議で
だからこそ
あまりに魅惑的で
不均衡すぎるその躰つきに
隊員たちは
息をのみ
頭がくらくらし
そこになどいられぬ
状況になるばかりだった。
今、そのチェ・ヨンが
そのような躰をあからさまにし
さらにはあの時にはなかった
赤い・・・・を背に纏い
あまりにも近すぎるほどに
自分たちの目の前で
仁王立になっている。
薄衣を羽織っているせいで
余計に悩ましく見える
衣を通して垣間見えるそれ。
まるで見てはいけないものを
覗き見てしまっているようで
あまりの刺激に
隊員たちはもはや失神するしかなかった。
だが、
そのように
意識を失ってしまった男たちを
つんざくような
テマンの叫びが
呼び起こす。
「隊長が」
「一人」
「泣いていないか」
「見てこいと・・・」
「医仙様が・・・・・・」
泣く?
隊長が?
一人で、泣く?
「心配………」
医仙がそう言ったという
その言葉を
どの男たちもつぶやき
そして
頬を赤らめた。
心配するほど
隊長はいつも泣かれているのか。
あの医仙様が
急を急ぐ診療をしながらも
気になって仕方ないほど
隊長は、泣かれるのか。
あの、隊長が。
医仙様の前だけでは
そうなのか。
誰の胸の中も
同じ言葉で
埋め尽くされていた。
ああ見えて
他の部隊の長には
爪の垢ほどもないまでに
人一倍情に厚い
いや、厚すぎる隊長であるということは
誰しも十分に分かっていた。
だからこそ
こうして
自分たちの何百歩も
何千歩も
いや、何万歩も
前を歩く
チェ・ヨンに
必死についていこうとしている
隊員たち。
普段はまるで興味がないと
無干渉であるのに
その時になると
思いついたかのように
自分たちを
鬼のごとくしごく
隊長。
命令などほとんどせず
ようやくしたとしても
顎一つわずかに動かすだけ。
自分の部屋に籠り
一体何をしているのか
分からないことの方が
多かったが
迂達赤兵舎に
その男がいる
そのことだけで
隊員たちは
すべてのことが
完璧にできた。
いや、完璧に
こなしている
つもりでいた。
こなそうと
努力していた。
王宮へ向かう隊列の途中
ふと後ろを向き
何をするかと思えば
足並みの乱れている隊員の足を
長すぎる細いその足で
ぱんっと払う。
どこかに気が飛んでいる
隊員の頭を
はらんと
こづく。
そんなことを
してもらえることが
それくらいのことだけで
隊員たちには嬉しく。
やはり、自分たちを
ちゃんと見ていてくださるのだと
気を引き締める。
チェ・ヨンの前では
いや
迂達赤隊員である自分は
もっと
いつも
しっかりせねばと
鉢巻を締め直す。
チュンソクは
そんな
チェ・ヨンを
心から敬い
だが
到底そのような
長にはなれそうもない
自分を
知らずうちに卑下していた。
一日のどこかで
一言。
チェ・ヨンのあの低く
だが何故か甘い感じのする
声がかかる。
チェ・ヨンに詳細を報告する。
めんどくさそうに言う。
「それで」
その先の解決先が
すぐ出ず
ぐうの音もなく
おし黙るしかない
チュンソク。
「ああ、どうして俺は」
「どうして、その先のことが
いつも考えられないのか。
自分自身で」
「どうして、隊長の問いに
すっと答えが返せぬ」
生真面目なその男は
すぐにそう反省し
次こそは
その言葉返し
そして
あの微笑みが
欲しい
と切に願うが
チェ・ヨンの
「それで」
と聞く間が
いつも異なり
後から考えてみれば
それはいつも絶妙すぎて
まさかその場面で
そう訊かれるとは
と、日々
そのようなことを
反省し
チェ・ヨンの
分析力の絶妙に
舌を巻くばかりだった。
「だから」
答えられないチュンソク。
「なんだ」
つまらさそうにする
チェ・ヨン。
涙が出そうになるのを
ぐっと我慢する
チュンソク。
だが、チェ・ヨンは
すっとその薄暗い床から腰を上げ
水でも飲みに行くふりをして
チュンソクの横を通り過ぎる際
必ず
その肩に
あの手を
ポンと
置いた。
チェ・ヨンの
大きく見えるようで
実は
はかなく
空虚な感じすらもする
その手。
指が細いせいか
それとも
触れられる瞬間が
一秒もないほど短いからか
チュンソクにはわからなかったが
だが、その瞬間が
チュンソクには
永遠の力になるほどのもので
思わずチェ・ヨンに
頭を垂れた。
すぐさま振り返り
チェ・ヨンの後を追う。
その背中は
チュンソクに語りかけているようだった。
「頼むぞ」
そう。
そんなチェ・ヨンが
あろうことか
このような姿で
皆の前に立ち
あきらかに瞳を釣り上げ
だが
その釣り上げた瞳を
どう戻せばよいのか
わからなくなっている。
迂達赤隊員たちは
慌てた。
「しまった」
「隊長の秘密を」
「俺たちだけのものにせねば」
「隊長の秘密」
「決して漏らしてはならぬ」
「決して」
声がなくても
一瞬で一束になる
隊員たち。
秘密をチェ・ヨンと
共有できることが
今や嬉しくてならない。
怒鳴られるのを覚悟で
チェ・ヨンの前に
姿勢を正して跪き
一同
深く
それは深く
頭を垂れた。
何も言えぬチェ・ヨン。
いつもの瞬時の判断が
できぬチェ・ヨン。
頭が真っ白になり
この怒りを
この恥ずかしさを
どこにももっていきようのない
チェ・ヨン。
その時、テマンが言った。
またしても。
「医仙様と侍医は」
「今、楽しそうになにやら話しながら」
「茶を飲んでいます」
チェ・ヨンの顔がみるみる
真っ赤になり
目の前にいる
テマンの襟元をつかみ引き上げた
「それは誠かっ」
チェ・ヨンの匂いが
またもや
隊員たちを包み込み
崩れ落ちそうになる。
だが、ここは
いつものように
なっていては
いけない。
「隊長を
お助けしなければ」
一同、頭を絞り
ついに
トルベが言った。
「テジャン」
「作戦を」
「作戦を遂行しましょう」
テマンの襟首を
どんっと突き離し
トルベを見つめる
チェ・ヨン。
顔を近づける。
この前のように
ふっ
と吐息をかけてみる。
試しに。
「また、どうせ
倒れるのであろう?」
「それくらいの気合いしか
ないのであろう」
そう思い
とっさにそうしてみたが
トルベは
躰中をブルブル震わせながらも
耐えた。
耐え抜いた。
必死に。
その後ろで、
トクマンとチュソクが
必死にその躰を
支えている。
自分たちも大変で
だが
互いに互いを寄せ合い
必死に
チェ・ヨンと向き合う。
その頑張りに
チェ・ヨンは
ふっと躰を離すと
「着替えてくる」
「その間に、その作戦とやらを」
「まとめておけ」
「よいなっ」
「わかったな」
そう言い、自分の寝所らしき場所へ
大股で歩いていく。
ふと立ち止まり
チェ・ヨンは
言った。
「そこの握り飯」
「一つずつ」
「食え」
「いいな」
「一つだぞ」
「それ以上はだめだ」
「うますぎて我慢出来ぬだろうが」
「我慢するのだ」
「よいなっ」
少し間をおき
チェ・ヨンは続ける。
「味わって食え」
「俺の………」
「最高傑作なのだから」
慌てる隊員たち。
男子禁制の台所へ入れと。
しかも、チェ・ヨンの握った
握り飯を
食べろと。
そのようなこと
誰が想像しただろうか。
想像などできるはずもなかった。
「畏れおおくもそのようなことは…」
チュンソクが慌てて言う。
ウンスのために
あれほど
一所懸命に
あれほど
楽しそうに
あれほど
二人の時間を想像しながら
汗まで垂らし
我慢しながら
握っていたことを
チュンソクは一瞬で把握していた。
迂達赤のその先の指示は
まだまだなところはあったが
チェ・ヨンのことは
そのすべてが
いやそれ以上が
わかりすぎる男であった。
良き女房役。
まさにその言葉を地でいく男。
だからこそ
そのような大切な
二人のこの後の
糧になるはずのそれを
畏れおおくも
自分たちが
食べるわけにはいかなかった。
チェ・ヨンもまた
そのチュンソクの心が
わかっている。
だが、言った。
「お前たち」
「なぜそこにいる」
「誰の許可を得た」
「誰の許可を得て」
「俺の躰を見た」
「握り飯を食い、詫びるか
それとも俺の元を、去るか」
「どちらかだ」
「俺は着替えてくる」
「選択しておけ」
そう言い
チェ・ヨンとウンスの
二人の寝所らしきその部屋へ
すっと姿を
消した。
あの男の
あの匂いだけを
残して。
お前たちの作戦とやらを
俺に
聞かせてみろ。