「やはり十個か」
「それとももっと…」
「十四個か」
細く白い指にまばらについた米粒を
ぷるんと厚く潤っている唇で
吸い食べるチェ・ヨン。
その指に
ふわっと触れた自分の唇……
あろうことか
カンジテしまった。
まるでウンスの………のように。
慌てて
ぶるぶるっと
身をよじる
チェ・ヨン。
先ほどからずっと
握り飯を
器用に丁寧に
ふんわりと
塩加減よく
握ることに集中しようと
懸命で
いくつ握るか
そんなことで
頭を紛らわそうと
必死になっている
チェ・ヨンだったが
どのみち無理なことだった。
何と言っても
今日、丸一日棒に振ってしまった。
またしても。
昨晩からずっとと考えれば
ものすごいまでの
ウンスとの二人きりの濃厚な時間を
過ごせたはずだったのに
今ごろようやく
なんとか離れて
縁側にでも抱き連れて
座らせ
座れないほどであったら
自分の脚の中に抱え入り
自分の胸とウンスの背中の
肌と肌を合わせ支えてやり
そして
おいしい茶でも
いや…
とっておきの酒でも
いつものように
口移しで
つぅぅぅぅうぅぅう・・・
と、呑ましてやっていた…
はず…だったのに……。
それがなんということか
すっかり朝から
またしても
あのチャン・ビンに
ウンスを取られてしまった。
そのようにしか
考えられない
チェ・ヨン。
「あやつめ」
「ウンスのことは諦めた」
「これからは、俺たちのことを護る」
「俺が護るから」
「などと言っておきながら
いつもいつもいつも!」
「いつもっ!」
「どうして非番になると
いつも、毎回、決まって、
急患が出るのだ」
「どうしてだ」
「俺に恨みでもあるのか」
「いくら夫婦とはいえ
まだ本祝言すらもあげられず
互いに家へなどほとんど戻れず」
「これではいつまでたっても」
「世継ぎ……すらも………」
チェ・ヨンは珍しく
自分の子供のことを
考えていた。
最初こそは
「もう時間がないゆえ
双子だ、三つ子だ、いや四つ子だ」
などと騒いでいたが
その後
あまりにウンスとの時間が取れず
とにかく一度でいいから
邪魔の入らない時間を
存分に過ごしてみたい
そう、思うようになっていた。
だから、最近はウンスにも
子供のことは言わず
まずはとにかく
「自分たちの存分の愛を」
そう言って
やまなかった。
それが叶うか否か。
何度目かの待望の非番であった今回。
なのに
またしても
朝方やってきた
「急患です」
の慌てた言葉。
さすがのチェ・ヨンも
腹に据えかね
怒ってふて寝をし
ようやく
夕方間近になってから
気分も変わり
腹が空くと
てき面に機嫌が悪くなり
自分の言うことをまるで聞かなくなる
ウンスのために
使用人のいない中
せっせと握り飯を握り
さて、迎えに行こうとした
その時。
「ばさばさばさっ」
何かが倒れこむ激しい音が
庭から聞こえ
とっさにチェ・ヨンは
「だれだっ」
振り返り、そう叫んだ。
見ると、この邸宅には
やすやすと入ることのできぬはずの
自分の部下達が
何人も重なるように
倒れている。
目を釣り上げ
睨み
覗き込むチェ・ヨン。
凄みのありすぎる瞳の
チェ・ヨンに
睨まれた迂達赤隊員たちは
一様に顔を真っ赤にし
口から泡を吹きだした。
なぜなら……。
チェ・ヨン。
裸に、薄衣一つ羽織っただけの
これまでに見たことのない
姿であったから。
肉厚の腕から
ストンと平らに落ちた
白く滑らかで大きすぎる
その胸は
もちろん、はだけ
薄衣越しに透けて見える腕
振り返りざまに見えた
肉厚の背中には
紅い薔薇の花びらの
無数のアトが
はっきりと
見える。
百戦錬磨の迂達赤隊員たちには
それが何を意味するのか
すぐに分かった。
なぜなら
一度だけ
チェ・ヨンの別邸で
稽古をつけられた後
水をざんと頭からかぶる
チェ・ヨンの背中を
見てしまったから。
冷たい水を
寒いあの日
いとも簡単に頭からかぶった
チェ・ヨン。
何か薄い紅い転々が
背中に…
そう思って不思議そうに見ていた
迂達赤隊員達は
水をかぶると同時に
その男の艶やかな肌から
甘く精錬なチェ・ヨンにしかない沸き立つ匂いとともい
蒸気がふわっと舞い上がる中
薔薇の花びらのような
無数のアトが
チェ・ヨンの背中に
赤く燃えあがるように
浮き出るのを
見てしまった。
だから、それが
何を意味するか
すぐに理解した。
それにもなによりも
毎朝の稽古の時。
感じてどうしようもなくて
厠に駆け込むしかなった
チェ・ヨンのみが放つ
あの匂い。
清廉なのに甘く
躰に纏わり絡みつくような
あの匂いが
あまりに濃厚すぎて。
クラクラして。
意識が遠のきそうで。
迂達赤隊長の愛が
いかほどに凄いのか。
トルベとトクマンが
チェ・ヨンの匂いだけで
勝手に想像し
呑みながらその想像を
話していたそのことに尾ひれがつき
噂が噂となって
高麗中に伝播していたが
まさかそれは
そのようなものを
遥かに上回るほどの
凄さだったとは。
しかも
今二人は愛し合ってなのではなく
チェ・ヨンは確かに
台所に立ち
握り飯を握っていただけなのに。
もはや夜が明け
すでにまた夜がやってこうよと
しているこの時間にですらも
この凄さ。
迂達赤隊員達は
完全に
失神しようとしていた。
テマンだけが
いつものことと
隊員達とチェ・ヨンを
見比べ
あわあわしながら
慌てている。
テマンの胸ぐらを掴む
チェ・ヨン。
「どういうことだ」
「一体」
「どうしてこいつらが
ここにいるのだ」
「し・・・しり・ま・・せ・・ん」
「か・・勝手に・・」
「じゃあ、お前はなぜここにいる」
「イムジャの側にいたのではないのか」
「い、い、医仙さまが」
「み、み、み…」
「なんだっ」
「はっきり言え」
「み、み、み」
「なんだ、早く言えっ」
「み、み、み、見てこいと」
「何をっ」
「テ、テ、テジャンをっ」
「なぜ、俺を見に来なければ
ならぬのだっ」
「お、お、怒って、ないか・・・」
「い、い、いや・・」
「なんだ」
「いや、とはなんだ」
「違うのだろう」
「俺の何を見てこいと言ったのだ」
「い、い、言えません」
「や、や、約束ですっ」
「い、い、医仙さまとの」
「おいっ」
「お前の主人は誰だ」
「テ、テ、テ……」
「テジャンと言えっ。テジャンと」
「俺だろう?」
「そうだろう?」
「インジャではないだろう?」
「お前はずっと一生、俺のものだろう?」
「俺の側にいるのだろう?」
チェ・ヨンがしつこく
テマンを尋問し始めた。
本当にしつこく、問う。
自分の懐刀で
自分の後しか追わない
そんなテマンが
まさか…。
テマンまでまさか…。
ウンスの……。
完全に焼いていた。
チェ・ヨンは。
何も言わなくても
あうんの呼吸で
必ず自分の背後にいる
そのように
唯一安心できる男だったはずの
テマンが
最近どうやら
ウンス側に寝返っているような
気がしてならなかった。
「何か、うまいものでも
食べさせられたのか」
「ん?」
「そうなのか」
「そうなのだろう」
「何を食った」
「言ってみろ」
「ほら、早く」
矛先が違う方に向いてきたことが
さすがのテマンにも
うっすらとわかり始め
唯一意識を取り戻した
自分の背後にいるチュンソクに
尻をつねられ合図された。
「ここは……」
「テジャンを立てて」
そう合図している。
「テジャンが一番と」
「その証拠を示せ」
チュンソクが
そう言っている。
つねる合図が痛すぎて
ついに
テマンは
白状した。
しかも
大きな声で。
「テジャンが一人」
「泣いていないか」
「心配でたまらないから」
「お願い。見てきてと」
「そう、医仙様に言われたのです」
「あの人、きっと」
「泣いてるから」
「と……………………」
…………………………。
インジャ……。
なぜ
分かったのだ。
…………………………。
しかし
なぜ…このような場で。
隊員たちが勢揃いしている場で。
ああ…テマ……ン。
お前っ。
覚悟しろっ。
あとがき
昨日の私の超ドつぼは・・
「遠方に視察」
でした〜
非番の前になると必ずチェ・ヨンが言う言葉。
非番の日の翌日は必ず
遠方に視察に出るかもしれない
と、密かに伏線を張っている
つもりのその言葉
の意味が、
迂達赤隊員たちには
丸わかりになっているところでした〜
ヨンって、嘘が、へ、た、ね❤️
わ、か、り、や、す、い❤️❤️❤️