「インジャ……」

 

「俺が握り飯など持ってきたと知ったら

驚くだろうな」

 

「いや、すごい剣幕で風呂敷ごと奪い取り

両手に握り飯を持ち、頰張るな」

 

「間違いなく……」

 

「頬にいくつも米粒をつけながら」

 

「その米粒を取り、食ってやるのも

またよい……」

 

「手ではなく…唇……」

 

 

「いかんいかん」

「いかんいかんいかん」

 

「早く握らねば」

「早く迎えに行って、早くあそこへ行かねば」

 

「明日の朝までしか時間がない……」

 

「いや……」

 

 

「今日、インジャは休みなのに

働いたのだから」

 

「俺は明日、そのまま見回りへ一日出向くとして

インジャは休ませればよいか」

 

「そうだ。それがよいな」

 

「いや、そうすべきだ」

 

「勝ち取らねば。休みを」

 

「迂達赤隊長の妻たる

いたいけなではかない女人が

激務をしていてはならぬ」

 

「早く、世継ぎ……を……」

 

「つくら…ね……」

 

 

「んんんっ」

 

「と…とにかく」

 

 

「当然の権利だ。働く者として」

 

 

一人、大の男が

しかも

迂達赤隊長で

由緒正しき崔家の嫡男で一人息子の

チェ・ヨンが

 

あろうことか

男子禁制のはずの台所で

何やらぶつぶつ

言いながら

器用に繊細に

握り飯を何個も握っている。

 

 

テマンは、ウンスに

チェ・ヨンの様子を見に行くように言われ

こっそりとチェ・ヨンの邸宅へ戻り、

ずっと様子を探っていた。

 

自分の主人の

見てはならぬ姿を。

 

 

その後ろにはなぜか

チュンソク

チュソク

トルベ

トクマン

が腰をかがめて潜んでいる。

 

テマンが

 

「なんでお前らいるんだよ」

 

そんな表情をさせながら

もっと腰を下げろと

合図する。

 

トルベに頭を叩かれる

トクマン。

 

 

「お前、もっと腰を下げろ」

「見えるだろう。隊長に」

 

小声で叱責する

トルベ。

 

 

はて。

なぜついてきたのか。

迂達赤隊員たちは。

 

 

 

 

非番でないその男達は

朝からそわそわしていた。

 

今日は、チェ・ヨンの

久しぶりの休暇。

 

 

「もしかしたら明日は

一日遠方視察に行くかもしれぬ」

 

「そうしたら二日、留守にするゆえ

しっかり頼んだぞ」

 

なぜか眉間にシワを寄せながら

チュンソクたちに伝え

兵舎を後にしようとしたチェ・ヨン。

 

隊員たちはピンときていた。

 

「遠方に視察」

 

この言葉。

 

チェ・ヨンが非番になる時に

必ず言う言葉だった。

 

 

「非番の翌日は、必ず遠方に視察」

 

「しかもお一人で…」

 

 

一応、万が一のために

伏線を張った気でいるチェ・ヨン。

 

いつもその万が一が

必ず起こっていたから。

 

だが、武士としての伏線でなく

一人の男としての

チェ・ヨンの伏線は

あまりにも稚拙だった。

 

毎度毎度

判を押したようなこの言葉に

隊員達の皆が苦笑する。

 

 

殺気あふれる顔で

すっと

振り返るチェ・ヨン。

 

ぎくっと身を正す隊員達。

 

一同を睨みつける。

 

 

「何か」

 

「面白いことでも」

 

「あるのか?」

 

 

一番手前にいたトルベに

顔を近づけるチェ・ヨン。

 

たちまちうちに顔を真っ赤にして

首を大きく左右に振る。

 

 

「い…いえ…な…なにも…」

 

「なら、なぜ笑う」

 

「わ…笑ってなど…」

 

「お…おり……」

 

 

さらにその真っ直ぐな前髪が

触れるほどに

チェ・ヨンがトルベに

顔を近づけると

 

ついにトルベは

耐えきれず

腰から崩れ落ちた。

 

 

「ふんっ」

 

「なっておらぬ」

 

「鍛錬が足りぬ」

 

 

「二百周だ」

 

「連帯責任だ」

 

「全員、二百周」

 

「終わったら報告しろ」

 

「俺は王宮殿へ参るゆえ」

 

「よいなっ」

 

「分かったなっ」

 

 

そうして迂達赤隊員たちは

兵舎の周りを二百周し

報告に王宮殿へ行った時には

すでにチェ・ヨンは

自分の邸宅へと帰った後だった。

 

 

王宮殿というのは嘘で

典医寺へウンスを迎えに行き

そそくさと

帰っていたのであった。

 

 

してやられた迂達赤隊員たちは

そんなチェ・ヨンが

どのように一日を過ごすのか。

 

見たくて

いや、せめても

聞きたくて

見回りと言っては

朝からチェ・ヨンの邸宅の辺りを

うろうろしていた。

 

この質素でありながらも

頑丈な門構えと塀で囲まれている

チェ・ヨンの邸宅。

 

二人の寝所は

その一番奥にあるのだから

外から何も伺うことなど

できるはずがないのに

うろうろしている隊員達。

 

ちょうどそこへ

テマンがやってきて

これぞ幸いと

その後に密かに続いた。

 

勝手知ったるテマンは

どんどん奥へ入っていく。

 

もう夕方。

 

いるとすれば

あの辺りだろう…

と見込んでみたら

 

なんと、台所に

その男はいた。

 

 

「七個作ったが全部食うだろうか」

 

「いや…食うな。余裕だ」

 

「やはり十個作っておくか」

 

「俺も先ほど七個食べたとはいえ

イムジャが頰張るのを見ていたら

欲しくなるだろうし…」

 

「絶対に、喉が鳴る……」

 

 

「それに体力がなければ……」

 

「今宵こそは夜通し……」

 

「蒼白い月に散々に照らしながら……」

 

「インジャ……を……」

 

 

「んんんっ」

 

 

「んんっ」

 

 

「んっ」

 

 

チェ・ヨンは何度も咳払いし

自分の脳裏に浮かんでは消える

さまざまな二人の姿を

天井を見上げながら

打ち消した。

 

いや、違う次が見たくて

今のそれを

打ち消していたのかもしれない。

 

 

 

前の晩、使用人達に暇を出す際

飯だけはたくさん炊いて

おひつに入れておくよう

指示したことを

 

「してやったり」

 

そんな顔をしながら

握り飯を

それは嬉しそうに

握っている。

 

テマンは腰を抜かして驚き

その体が

後ろに控えていた

隊員たちへと連なり

 

ばさばさばさっ

 

大きな音となって

チェ・ヨンの邸宅中に

響き渡った。

 

 

「だれだっ」

 

「そこにいるのはっ」

 

 

そこにいる者

 

前へ出ろ!

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

できれば一番笑ったところを

コメで教えてください・・

 

私笑って笑って

もう_ムリ・・

ごめん・・ヨン・・

 

面白すぎる

チェヨン・・・