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All the Amazing Things

世の中にあふれる、素敵なモノ・ヒト・コトを集めて。

どこが・・・?


昨今のフィギュアを観ていて、

疑問しか湧いてきません。



動作、身のこなし、曲の解釈・・・?


みんな、全く違う振り付けで、

全く違う曲を使っているのに、

いったい何を基準として、評価し、採点するのでしょうか?


曲の解釈なんて、そもそも正解なんてない世界。


ジャッジの好む選曲であれば、

自然と好意的な目で見るでしょうし、

評価も高くなりやすいでしょう。


技術面などは高水準にあることが大前提のお話ですが、

こういったダンスなどの表現を競う場において、

フラメンコやタンゴ、または良く知られたドラマティックな音楽は、

非常に分かりやすく、人の心理に作用し易く、

また、演者にとっても表現し易いため、見ている側にも伝わりやすい。

比較的高評価が出やすい傾向があると思います。


そういった、音楽そのものが持つ力があることを考えると、

採点には、選曲の影響も、

少なからずあるのではないでしょうか??



振り付けや構成も採点対象になりますが、

これも、選手本人の力量とはまた違った次元の話です。


もちろん、与えられた音楽と振り付けを、

どう表現するのか、ということに限って言えば、

選手の評価にあたるところで異論なしですが、

そもそもその音楽や振り付け自体、

ジャッジの好みに合わなければ、

競う土俵にさえ乗れない事態にもなりかねないということです。



そんな危うく脆い、

ジャッジ個人の”感覚”に左右されるような採点など、

何の意味を持つのでしょうか。


フィギュアのファンになって十数年、

ずっと見続けてきましたが、ずっとずっと、疑問に思ってきたことです。


”氷上のバレエ”と呼ばれるフィギュアを、

競技としてだけでなく、

芸術面も加味して採点しなければならないのなら、

まずは、全員が同じ曲、もしくは数曲の課題曲を設けて、

各曲ごとに同じ振り付けで、全く同じ条件で演じて評価するべきです。


それでも、音楽の解釈などについては、

ジャッジの感性によるところが大きいですが、

同じ曲を使用しているのなら、

ある程度の基準は見えてくるはずです。


同じ曲を使うのが難しいのなら、

選手が使用する曲を、

事前にジャッジがきちんと聴き、

その曲に相応しいと思われる表現や解釈を、

ジャッジ間で共有し、それに沿った表現をしているかを

見極めるべきです。


芸術性なんて、100%、人の感性によるもの。


1人のパフォーマーの表現を、

10人のオーディエンスが観たとして、

10人それぞれに感想は違うはずです。


そもそも、そんなものに、

競技として点数をつけること自体、

私は理解できません。


それでも、そこに点数をつけるというのですから、

ある程度の明確な基準は絶対に必要です。



ジャッジの好みや贔屓目や気分などではなく、

選手が、4年という歳月を費やし、

そこに居る意味と覚悟を、

ジャッジも本気で受け止めて採点しなければ、

選手に失礼だということ。




美しくなければいけない競技であることは理解できます。

そういった芸術面の評価が必要であることも分かります。


ただ、そのジャッジの基準が、あまりにも薄っぺらいのではないかと

思うのです。


そして、スポーツの位置づけでありながら、

難易度の高いジャンプの方が点数が低いのも

疑問です。


それでも、ジャンプやスピンなどには、

明確に採点基準があります。


転倒すればマイナスになるし、

綺麗にこなせればプラスアルファで点がもらえる。


誰もが納得の採点方法です。


でも。

芸術点は、誰もが首を傾げるところ。


今回のSPを観ていて、競技でありながら、

一体何を競っているのだろうと、

心底不思議になりました。


私でも、見ていて、その曲でその表現は違うな~、

と思うことも多々あったからです。


そしてそれは、きっとジャッジにも起こりうる感覚のはずです。


フィギュアは、採点方法に再考の余地が大いにある気がします。