http://www.youtube.com/watch?v=HmxFUEPoPfU&feature=related
斉藤和義/ずっとウソだった
話題になってる斉藤和義氏の「ずっと好きだった」原発批判替え歌
賛否両論がある、まったく賛否両論がある
自分はとても良いことだと思う
歌詞の内容じゃない
彼のこの行動が
たしかに歌ってる中身だけ見れば
大したこと言ってない
「原発なくしたら一体電気どうするのよ」
とか
「気づくの遅すぎるだろ」
とか
そんなに簡単に行くわけないだろバカ野郎
と思う
むしろそんなこと考えず賛同コメしてたやつらは考えが浅すぎます
そいつらは学校で受けた個人尊重主義が絶対正しいとでも思ってるのでしょう
しかし斉藤氏は違うと思う
動画の批判コメの言葉を借りれば
「くそばか」
ではない
もし本当に原発をただ漠然と「なくせ」と言いたいだけなら
新曲作るでもして、徹底的にやればいいのだから
でもそれをせず、あえて「替え歌」という
文字数の限られるメディアで表現したのは
このことについて多くの人が関心をもつきっかけを
作りたかったからなのではないだろうか
これがきっかけとなって原発に対する世論が高まれば
必ずいい方向に進むはず
社会主義国家・ニッポンで
民衆が意見を通すためには
国民全員が「関心」をもたなくてはどうにならない
むしろその「関心」のなさが
社会主義国家・ニッポンの隆盛を助長してるとさえいえる
だから今後斉藤氏のように
正しい正しくないの問題ではなく
みずからの意見を世間にぶつける
著名人、芸能人、アーティストが
増えてくれればいいなと思います
もちろん私たち個人も
表の世界が権力と企業の利益追求に掌握された以上
なにかアクションを起こせるのは
ネット上のみだと思います
上記の動画のコメント欄のコメントから以下抜粋
そうかなー。じゃあ何も言わず黙っているのが良い選択なのかな。何もしないで、今まで通り。なにしろ、わたしは今まで原発で発電された電気を沢山使って来た。沢山使って来たんだから、私にはもう何も言う資格は無い。だから押し黙ろう。 そんなことを言っている段階でしょうか。 国民のほとんどが原発・核について関心を持つきっかけが無かった。ずっと他人事としていた。 無知な状態から、まずこれはおかしい!と感じてるままを表現するのは、バカでもなんでもないと思います。 全て分かる迄何年もかけて、100%知り尽くした上で、解決策を 具体的に金銭的にも計画的にも人を動かすモデル案を現実的に何個も作り上げてでないと、「これ おかしいんじゃない?」と言ってはだめなんでしょうか? そこまで私たちは賢い生き物でしょうか?