母は、懸命にリハビリを頑張っていた。

そんな母を父は全力でサポートしていた。

でも仕事があるので、父がいない間、主に姉が面倒をみた。

あたしはまだ幼かったので、ごはん作りを担当した。

母は呂律が少し悪いものの、車の運転をできるまでに回復した。

なのに。それなのに。

神様はいぢわるだ。

母は、運転中にくも膜下出血を起こし、単独事故を起こした。

でも母は生命力が強かったようだ。
お医者さんも、そう言っていた。

本来ならば助からなかっただろうと言われた。

それでも母は生きた。

この後も数回、脳内出血を繰り返した。

でも、母は生きてくれた。

言語障害、半身麻痺、身の回りの事が出来なくなってしまったけれど。

それでも母は生きてくれたのだ。

そんな母を、あたし達娘を父は守っていた。

父は母を守るためならなんだってした。

介護ヘルパーをお願いして、母が気持ちよく過ごすために、ヘルパーさんと何度も喧嘩をした。

自分のことは後回し。

母の為に全てを費やしていた。

そして、あたし達には母の介護は最低限のことしかしなくていいと。
自分達の好きなように過ごしなさいと言ってくれた。

もちろん、介護をする中で衝突も何度かした。

高校を卒業し、あたしは父の反対を押し切り専門学校に進学した。

そこで遅すぎる反抗期をむかえた。

父にあたり、叱られたこともあった。

1番協力しなきゃいけない時期に、あたしはきちんとできなかった。

それでも父も母もいつも優しかった。

父は頑固だけどあたたかく、母はいつも笑顔だった。

そんな父が病気に侵されているとも知らず、あたしはそんな2人に甘えていた。