略して、ゆかこん。

ゆかこんin鴨川


in鴨川だった、本当の意味で(笑)


男性陣は甚平なわけですけど

開始早々鴨川の中でバレーが始まり

全力レシーブでダイブする先輩w


よこで見ていたら全力で投げ飛ばされる自分(´・ω・`)

気持ちかったけどw


スイカ割りやら水風船やら水鉄砲やら・・・・・・楽しかった-。


やっぱり浴衣っていいものですね(^u^)非常に目の保養になりました


終盤に、とてもいい時間を過ごせたし。


昼から始まって帰宅が1時すぎっていう(笑)

今回は礼拝とかしなかったです、ニヤニヤはしてたらしいですけど。


いや-。楽しかった!

ひさしぶりに二十億光年の孤独を聴いて胸が高鳴った-(^u^)!!!!



どうも、抹茶です。

前にもいったけど、短歌が好きな抹茶です。

ひさしぶりに心打たれた作品を紹介させていただきます。


前菜のキャビアが妙に口に合い この結婚を呪えずにいる 佐々木あらら


恋だって言っておきなよ そうすればだれもバカだと思わないから 野良ゆうき


カッコして笑いと書いてマルを打つだけですべてが冗談みたい(笑) 枡野浩一


平凡な意見の前に言いわけをしておくための前置詞「やっぱ」 枡野浩一


ついてないわけじゃなくってラッキーなことが特別起こらないだけ 枡野浩一


こいつらはおれが死んでもわらうはず そうお思ってたから生きてきた 詠人不死


そこじゃない さっきさわってくれたとこ そっちのほうが悲しかったよ 林野つみき


本当の血な気がするものが出たときに電話に出ないあなたはきらい 佐藤真由美


こなごなに砕くキャンディー 退屈も不幸も似てて見間違えそう 加藤千恵


前向いて息が苦しくなるほどの小さな声で歌を歌おう


枡野浩一さん多すぎたかな(笑)

つたない知識でいろいろ書いたっていいじゃない、ブログだもの。のコンセプトで(^u^)


座ることを拒否する椅子は椅子だろうか。

かの岡本太郎の作品である。


事実や真理のさまざまな議論がかわされる。

ここではK・ポパーの提唱した理念的目的「合意を形成しながら事実・真理へと近づいていく」という立場をとる。

合意形成のアプローチが事実・真理到達へのアプローチと合致する点からいえば、事実・心理は事象の絶対性から独立しているともいえよう。そこでは情報・真偽の整合性が問題とはならず、ある一定の社会集団での合意形成に事実・真理が大きく依存しているということである。


それでは、「椅子」という概念における我々が形成した、もしくはしつつある合意とはどのようなものであろうか。

広辞苑によれば、「こしかけるための家具。腰掛け。」とある。明鏡国語辞典にうつれば「腰をかけて座るための家具。」と述べられている。


この合意存在の真偽はもちろん問題になるところであるが、煩雑化回避のためにここでの議論はしない(一見すると「一般的に判断して」と片づけたいところである。しかしこの「一般的」が「椅子という概念」における合意形成に十分影響された「一般的」であるため、この一般的な概念のもとに下す判断ではそもそも真偽性を確認することはできないことに注意されたい)。


したがって、ここでは「椅子」という概念において我々が形成した合意を「もっぱら腰を掛け座ることを目的にして作られた家具」だとしよう。


ここで最初の疑問に戻る。座ることを拒否する椅子は椅子だろうか。

座ることを目的として作られたものが椅子であるのに、座ることを拒否したらそれは椅子ではない。

なぜなら、制作段階で「座ることを目的」にされていないためである。


この論理には破綻がないように思われる。

そこで私が問題にしたいことは、椅子についての疑問ではない。

合意を形成しながら事実・真理へと近づいていく、というアプローチへの疑問である。


そしてもう一つの問題は、この文章を書き続けていると、着地点までにこの分量の10倍は書かないといけないことに気が付いてもういやーんということである。急にアプローチへの疑問にとんだのはそういう理由である。許してくださいである。