小熊英二著『民主と愛国』からの引用。主体性について。 | 空・色・祭(tko_wtnbの日記)
すなわち敗戦後における「主体性」とは、マルクス主義をはじめとした、体系的な理論に回収されることが困難な心情を表現した言葉であった。人びとは、戦争と敗戦という巨大な社会変動に翻弄されるなかで、自分自身を納得させる説明をもとめて、「世界史の哲学」やマルクス主義の説く「歴史の必然性」を信じようとした。しかしそうした理論的な説明に納得しきれない「自己」の残余の部分が、別種の言葉をもとめる原動力となったとき、それが「主体性」という言葉で表現されたのである。



丸山は後年、「超国家主義の論理と心理」が注目を集めた理由として、「終戦直後に輩出した日本の天皇制国家構造の批判は殆どみなコンミュニズムか少なくともマルクス主義の立場から行われた」なかにあって、「精神構造からのアプローチがひどく新鮮なものに映じた」からだろうと述べている。すなわちこの論文では、マルクス主義の理論的体系をはじめとした、既存の言語では表現困難な「精神」の問題が論じられていたのであり、だからこそ爆発的な人気を集めたのである。


小熊英二著『〈民主〉と〈愛国〉ー戦後日本のナショナリズムと公共性ー』 232p