太宰治『老ハイデルベルヒ』からの引用(三島) | 空・色・祭(tko_wtnbの日記)
三島は取残された、美しい町であります。町中を水量たっぷりの澄んだ小川が、それこそ蜘蛛の巣のように縦横無尽に残る隈なく駆けめぐり、清冽の流れの底には水藻が青々と生えて居て、家々の庭先を流れ、縁のしたをくぐり、台所の岸をちゃぷちゃぷ洗い流れて、三島の人は台所に座ったままで清潔なお洗濯が出来るのでした。昔は東海道でも有名な宿場であったようですが、だんだん寂れて、町の古い住民たちが依怙地(いこじ)に伝統を誇り、寂れても派手な風習を失わず、謂わば、滅亡の民の、名誉ある懶惰(らいだ)に耽っている有様でありました。  



三島は、私にとって忘れてならない土地でした。私のそれから八年間の創作は全部、三島の思想から教えられたものであると言っても過言でない程、三島は私に重大でありました。




太宰治『老ハイデルベルヒ』







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