何年か前の同窓会の時に高3の時の担任が日誌を持ってきてくれた。日直が何を書いても良いと言われて書いていたのでクラスの交換日記みたくなっていた。筆無精で日記など続いたことのない私にとっては10代に残した文章を目にしたのは初めてな位だった。

何を書いたかも思い出せないままページを捲ると
『昨日の夜も夜遅くまでレッスンで大変だった』的な文言が最初から終わりまで延々と続く。えっこんな大変アピールする奴だったの私って…。。。(10才から21才まで片田舎のバレエスタジオで結構な本気度で踊っておりまして…先生になるのが夢だったのです)

それを一緒に見てた同級生からは
「ほんとゆりこはいつも大変大変って言ってたもんね~」
と言われてまたびっくり…。。。

これが想い出補正というやつなのか。高校の想い出は楽しいものばかりしか残ってないと思ってた。確かに良く考えたらその頃は踊りのレッスンでは面白くないことばかりあってたから高校の友達といる方が楽しかったってのが本心だったのかも。だからと言ってめちゃめちゃ道を外れる勇気もなく中途半端な場所をゆらゆらと浮遊していた感覚は残っている。
高校の友達とは今でも付き合いがあるけど意外とめっちゃ仲良かったメンバーではなく喋ったことはある程度の人達。だから私のことはダンスを頑張って学年でも目立ってたゆりことしか思っていない。私もそのくらいの方が気楽なのか付き合いが続いてるって事は居心地が良いのだろう。

今の立場が近い方が今の友達にはなれるもんなんだな。女同士の友情は不思議だ。

夢もあって周りにもある程度認めてもらって多分私の高校時代は充実していたのだろうけど全然後悔が無いかと言われればそんな事はなくて。大人になった今は学生時代の充実なんか実は要らないのではないかとさえ思っている。充実はその場からの脱却は生まないし18才やそこらが考える充実って覚足るものは何も無いものだ。

高3の夏休みに東京-青山へバレエの勉強に行ったのは私の人生では最大の分岐点だった。片田舎で育ったの私達は東京へ行くことが目標だけど東京でレッスンしてる人達は海外をみてる。先生も中国人の先生だったので目から鱗なことがたくさんあって卒業したら東京へ出たいとも考えたけど母子家庭で育った私には今でいう毒母がおり許されるはずもなく…ってのは言い訳なのは今は分かる訳で…。(片田舎の充実した自分を捨てきれなかったのだなと今は思うのだ)

高卒で東京に出ていたら20代前半での結婚は無かっただろうし子ども達二人とも出会えなかっただろうし…。
結局は今の人生の充実が想い出を良いものに補正するのかも。
その時の悔しい記憶とか想いとかを少しは子育てで昇華させられたかな…?どうなんだろ…?

そんな結論は出ないことをしのごの想う少し肌寒い夜なのです。