七、本当に実現できるの?一泊旅行
お母ちゃんが考えたのは、一泊スキー旅行。
お母ちゃんが勤めている病院の福利厚生で、その企画があったから旅行会社にかけあってみると、その日は張り切って仕事に行った。
帰ってきて太田先生にその企画の話を持って行く母は戦士に見えた。「みっちゃん、行ってくるで、まず太田先生からや!」
旅行会社は2月の最初の土日ならキャンセルが出たから、スキー場も旅館もなんとかなるとのこと、行き先は県北のスキー場バスで2時間くらいかかるから、バスを貸し切るのが必要とのことを簡単に旅行会社に企画書にしてもらい、母はそれを持って太田先生に説明をした。
「イャー、前川さんの気持ちはようわかるし、うちもみんなを連れて行ってあげたいけどなぁ、予算がないねん。いま市から出てるんでは夏祭りと日帰り遠足一回分くらいのお金しかないんよ、泊まりでバス借りて、スキーも借りていうたら高くなるからなあ、個人負担はみんな無理じゃしなぁ」
「そうか、わかった、金儲けじゃな、よしよしちょっと考えてみるけん!」
こう言う時の母は、やたらと張り切る。戦争で孤児になっていろんな人に助けられたから、人の役に立つことが大好きなのだ。
その頃、廃品回収をするとお金になると聞いてきて。段ボール、新聞、空き缶、空き瓶など集めることを寮としてすることを提案。それだけでは足りないのでなんかいい補助金がないのかと、母は夜勤明けの平日に市役所に通い詰めた。母子寮の担当の児童福祉課に何度も何度も時期談判!
すると、課長が、寮内に子ども会を作ったらこども会の補助金が降りるかもしれないということと、地域のロータリークラブというお金持ちのおじさまの団体を紹介してくれた。 そして休みの日や夜勤明けにその段取りをして、子ども会の結成と子ども会の行事としてバス旅行を申請。そこでバス代の補助金が降りることになった。
「よっしゃ〜」と、最初はいがみあっていた児童福祉課長と万歳をしたんよーと母はその日、帰ってきてから饒舌だった
そして、ロータリークラブのおじさまたちには宿泊代をお願いした。するとなんと、かんたんに十万円寄付してくれるというのだ。
ただし、新聞社などを呼んで、大袈裟にロータリークラブが母子寮の子どもたちにプレゼントという感じの贈呈式をしたいという条件付きだった。太田先生がその式の段取りをした。
いつものリビングに紅白幕まで垂らされて、太田先生がいつものジーパン出なく紺色のスーツでかしこまっていた。
「ただいまより、ロータラクラブ寄付贈呈式を行います」
マイクを通して太田先生の声が部屋中に響く。
ロータリークラブの会長と言われる恰幅の良いおじさまが 「小鳩寮の良い子の皆さん、スキーはしたことあるのかな?雪はみたことある?」
と穏やかに話しかけてくれ、優しい挨拶が終わった。
新聞に顔がが写っても大丈夫だという入居者親子、もちろん私たち親子と一段とお化粧の濃いそうくんママが感謝の言葉と、花束を渡した。母は、「ここに入っている親子は本当にそれぞれいろんな思いを抱え人生を抱え何度も挫けそうになったけど助けられた親子ばかりです。そんな私たちがここからいずれ飛び立たなければならない日が来ます。やっとここで傷が癒えても、また外の世界で傷つくかもしれない、そんな時、あの時は楽しかったな、たくさんの人が支えてくれたなという思い出があるのとないのとでは、その傷を乗り越えていく力に大きな差が出ます。だからみんなにいい思い出を作るためにどうしてもこの旅行を実現したかったのです、1番問題だった金銭面にロータリークラブの皆様が暖かい手を差し伸べてくださったこと、本当に感謝です」としっかりとした低い声でお礼を言う母を少し誇らしげに見ていた。