すごくデリケートな話だし、様々な意見があるし、そこに対してぼくが自分の意見を言うことへの影響がわからないし、この話をしたばっかりに
「あぁ、そうか。KOMUってそういうヤツだったのか」
と誰かをがっかりさせる可能性があるからだ。
でも、もうガマンしたくないから今日はガマンしない。
今、日本は憲法9条の解釈を変えることにより、集団的自衛権の行使を容認しようとしている。
それはつまり日本の自衛隊は軍隊として機能するということにもなる。
とある政治家が「徴兵制も視野に入れている」なんて言ったとか言わないとかそんな話も出てきている。
ぼくたちないしはぼくたちの子どもの世代の日本人は戦争で死ぬ可能性もありえるってことだ。ものすごく乱暴に解釈すればそうなる。
でも正直言ってぼくは憲法9条なんてものは必要ないと思っている。
だって、憲法9条なんてものがなくってもぼくたちは戦争はしないんです。絶対に。
それは戦争の愚かさを知っているカッコいい人たちだからなんです。
ぼくたちはね。
でも、それを壊して戦争をしようとする人がいるとしたら、カッコ悪い人たちだと思う。
ぼくが生まれる予定だった日は8月15日。
日本にとっては第二次世界大戦が終戦した日。
実際、ぼくが生まれたのは8月9日。
長崎でたくさんの人が命をおとされた日だ。
だからってわけじゃないけど小さい頃から戦争について考える時間は同世代の人よりもほんのちょっとだけ多かったかも知れない。
夏の暑い日には、ふと、焼けるような暑さの戦場にいた人もいたこと、空襲警報の鳴り響く街の中恐怖におびえる人たちがいたことを思ったりするような子どもだった。
ぼくの祖父は第二次世界大戦で飛行機乗りだったらしい。
今も90歳になって元気で生きてます。
その祖父が戦争から帰ってきたときの話。
終戦になって日本に帰ってこれた祖父が、畑だらけのイナカ道を家までずっと歩いていたら、祖父の母が畑仕事をしていた。
祖父が母を見つけて声をかけると、きづいた母は信じられなくて声も出さずしばらく祖父のことを眺めていたそう。
戦争に行くっていうのはそういうことだと思うんです。
もっと日本がどうなっていってしまうのか考えてもいいのかも知れない。
でもそれは学校や会社を休んで国会の前、首相官邸の前で
「戦争反対!」、「憲法9条改正反対!」ってデモすることじゃないですよ。
そこでどんなに怒鳴ったり、暴れまわったりしてもみなさんの怒りはそこにはないですよ。
そこで怒鳴っている人たちは自分の怒りを正当化したいだけで、本当の怒りはもっと自分の中にあるはずでしょう。
本当に戦争に反対していいのは戦争で亡くなった人、苦しんだ人だけ。
ちゃんと学校行けよ。仕事行けよ。自分のできることをやれよ。
誰かとまとまってone of themになるんじゃなくて、ちゃんと自分で得た情報でちゃんと自分の言葉で伝えろよ。
国会の前、首相官邸の前でダダこねててなんか今まで変わったことがあるのか?
ご両親が働いたお金で勉強して東大行って、他の勉強したい学生さんたちの邪魔までして、安田講堂にこもってたヤツらと変わらねえよ。
本当の怒りはもっと冷静なものだと思うんです。
首相官邸の前でプラカードを持っているみなさんのヒロイズムでは変えられません。
そうやってみんなで集まって首相官邸の前で大きな声を出すよりも、ロックンロールを聴いている方がきっと楽しいんですよ。
そんでね、どうすればそうやってずっとずっとロックンロールを聴いて楽しく生きていける国でいられるのかっていうのを自分で考えたり想像する方がもっともっと楽しいんじゃないかなぁって思います。
だから今日もぼくはロックンロールを聴くことにします。
えっと、自分勝手なおしゃべりをたくさんしてしまったので、気分悪くなった人に対しては、ごめんなさい。心から。
明日以降もしみなさんがぼくに会ったら、いい気になって長々と話してしまったことを恥じてコソコソしているでしょう。
