明暦の大火のとき、
隅田川に架かっていた橋は千住大橋のみ。
火の手から逃れたくても、隅田川を挟んだ対岸にわたる橋がなく、逃げ場を失いたくさんの人が亡くなっていった。
その数10万人とも言われている。
明暦の大火前は、江戸幕府としては、橋をかけることで他国からの侵略を受ける可能性があるため、かけたくない事情があった。
だが、この大火事の教訓から人命を救うために両国橋がかけられる。
ちなみに隅田川を挟んで武蔵と下総の両国を結ぶ橋で両国橋と名付けられたと言われている。
本所側には火除地として広小路が整備され、移動式の屋台などの
販売が認められていたので、盛り場として多くの庶民で賑わった。
一方、両国側には明暦の大火でなくなった方の無縁仏を弔った回向院が建てられた。
おもしろい