アジアの架け橋を目指す、上海で働くアジア人総経理のブログ -64ページ目

アジアの架け橋を目指す、上海で働くアジア人総経理のブログ

上海佳奈国際貨運代理有限公司
雅奈(上海)国際貿易有限公司 総経理。
日本で生まれ、韓国で学び、中国で働く アジア人44歳。 

中国での実践ビジネスを通じ、ビジネスマインド、本にはのらない現地の生の会話や情報を、本音でアウトプットするブログ

先に投稿した  「営業は「して行うのか」「せずに行うのか」  という題で、なんとなく、私が言わんとしていることが伝わっているかどうか、語弊があっても困るので、簡単に補足しておきます。



「営業」 したければ、 「営業」 するな!

まずは「営業」されろ!



という言葉に随分前に出会いました。


駆け出しのサラリーマンだった頃は、「営業に行く」と言えば、

特徴をガンガン紹介している会社パンフレット、
日本基本港向けの船のスケジュール、
おおよそ聞かれそうな見積りサンプル、
輸出入等に関連する情報資料・・・・・   などなど


それらを綺麗に揃えてカバンに仕舞い、
営業先に行けば、名刺交換もそこそこに、早速会社資料を渡し、お決まりのセールスフレーズを一通り一方的にサッサと話し、スケジュール、見積りを順番に渡して、最後に、

「どうぞご検討ください!」

と、「営業」をそつなくこなしていた記憶があります。



まぁ、輸出入輸送という仕事の、海外勤務という性格上、飛び込み営業というよりは、事前に日本側の顧客から紹介を受けて、ヒアリングがある程度できている状態で最終調整に行く、というスタイルが多かったのもあり、ある程度はスムーズに事が進んでいました。

しかし、それはよくよく考えると単なる 「打ち合わせ」 であって、 「営業」 では無かったのかなぁと思います。



ただ、ほんとに新規に営業に行く時はなかなかそうはいきません。
既に利用している既存業者があり、我々は競合としてとなりから首を突っ込んでいくわけです。

そういう時に自社がいかに優れているかというだけの「営業」をかけてしまうと、そう簡単に仕事は頂けませんでしたね。



確かに「ほぉ」とか、「すごいですねぇ」とかは言ってもらえます。
しかしながら、そのポイントと、お客様が必要なポイントが合致しているかどうかは別です。



丁度そういう頃に、「営業」するなら「営業」してはいけないという言葉を、本だか、ネットだかで読んだと記憶してます。



例えば簡単な話し、自分だったら、アポイントの連絡が来て、「営業」にこられるとしたら、まず構えませんか?

よっぽど目新しいサービスならともかく、既存で利用している業者があるところに、あえて営業に来るとなれば、期待しているのは料金か、それ以上のサービスだと思います。 とは言え、既に問題もなく回っているところへさほどサービスも価格も変わらない営業がきたら「間に合ってます」という心情がブロックすると思います。 

断る理由には、既存業者がどれほど自分たちに時間をかけて気を使ってくれているかを訴え、その時間はなかなか、埋まらないよとばかりに攻防すると思うのです。


一度壁を建てられて ”ガシャッ” とドアの鍵を閉められてしまうと、次にその鍵を開けること、壁を崩すことは容易ではなくなります。

なので、まずはそのドアを開けっ放しにしてもらうこと、壁を作らせないことから入っていく必要があるわけで、順序としては逆ですね。




そうして分かっていった事は、まずはこちらが「相手の商品」に興味を示すことです。

こちらからの話しは2の次です。


そういえば、テレビの企画で取材を受けない巷の美味しいお店のリポートをしていましたが、俳優さんが飛び込みで「取材させて欲しい」と交渉すると、店主が一言言った言葉が、

「うちの食べた事あるの?」


・・・ 俳優さん、一瞬たじろいで


「・・・いえ」


店主

「味もしらないで取材もなにもないでしょ」

俳優さん

「・・・ごもっとも・・・・・」


って感じでした。


まずはこちらから相手に興味を持って、相手を知ってから

そしてそれを自分が売るなら、と考える、

そこに自分なら何を足せば良いのかを提案する。

相手が納得すれば、仕事にすんなり繋がるはずなんですね。



まずは黙って「営業される」



自分の営業はそれから、



またそういう風に関わっていくと、相手も困っている点を打ち明けてくれるようになってくる。

そうすれば次は自分たちのフィールドな訳ですから、手持ちの情報から相手のニーズに合うものを情報提供すれば良いだけです。

シンプルでムダもなく、相互に納得できるわけです。



そういう営業を心がけるようになってから人付き合いも変り始めました。

そういう営業をこれからも心がけたいと思っている、というお話でした。