年が明けるとセンター試験を皮切りに、梅がかぐわしい香りを放つ頃、
中学入試、高校入試、大学入試が続き、桜が咲き、入学式、入社式、等が
行われます。
緊張から緩和へ、集中から開放へ、苦労から歓喜へ、そして冬から春へ……。中学入試、高校入試、大学入試が続き、桜が咲き、入学式、入社式、等が
行われます。
この時期、中・高生の姿が急に多くなるのは、学院の近くに学問の神様といわれる菅原道真を祭った湯島天満宮があるからでしょう。
こういう人生の勝負という時にはワラにもすがりたいもので、祈願の絵馬を奉納するために来るのです。受験生の周囲の人は、縁起をかついで言葉にも 気を使い、みなヒリヒリしています。
さて、ここで日本史のおさらい。菅原道真について知っていることを述べなさい。
①まず有名な「こち吹かば、匂いおこせよ梅の花、あるじ無しとて、春を忘るな」という歌を詠みました。
②平安時代前期の学者で文人。宇多天皇に重用され右大臣の位まで上ったのですが、左大臣の藤原時平に中傷されて九州大宰府に左遷され、失意のうちに都を想いながらこの地で没しました。①は、京の自宅の庭に咲く白梅を見ながら作った哀しみと無念のこもった歌です。
③亡くなったあと都では次々と天変地異が襲ったので、道真の無念の気持ちが怨霊になり、恐ろしい祟り神となったと人々は信じ、天満宮を建てて天神様として鎮めたのです。九州の大宰府天満宮、京都の北野天満宮、東京の湯島天満宮等々、天満宮は全国各地にあります。
道真の業績として忘れてはならないのは、④「遣唐使の廃止」です。
この制度は奈良時代、繁栄をきわめていた唐の文化を積極的に摂取するために始まりました。
選ばれた遣唐使たちは死をかけて海を渡り、数々の苦労と困難の末、唐の都から日本へ文化文物を持ち帰りました。
しかし、我が国の文化が熟成し花開いた平安前期にはその役目は形骸化していたのを道真が天皇に建議して、長い歴史的計画は終えたのです。

