お久しぶりです。
と言っても当時見てくれてた方はさすがにみてないよね

5年ぶりのTenp@です。

ふと、高校生の頃まで書いてていたブログを思い出してやって来ました。



懐かしいですね。とりとめのないことをそのままつらつらと書きなぐってたあの頃の私も今や大学四年生です。あれ?とお思いの方、勘がいいガキは(ry


可愛いげのあった天パももう大人の天パです。髭剃りで髭反り負けとかしちゃいます。筋肉痛も二日はキープです。若いようで若くない23歳。


少し感傷に浸りたくなって過去の自分の投稿を遡って読んでました。笑

若気の至りが至るところに見受けられるなか、自分で言うのも恐縮ですが、なかなかの文章力の記事何個かあるよね←
高一の頃が一番輝いてた気がする

そんな記事に限ってコメントなかったりするからなぁ( ´_ゝ`)



逆に一番最近の記事にコメントあったのは驚きましたね

しかも3年後とか4年後
没後に評価されるアーティスト気分です。


どうせ広告的なやつだろうな~と思って見てみたら意外や意外

普通に感想かいてくれてました。
ありがたいお言葉です。
申し訳ないですねこんなブログに

今読むとなかなかに痛々しく感じるところが多々あるからね多々
しかし黒歴史すら自分の歴史の一部として受け入れてく懐の広さ。さすが23歳。

一年以上時が経ってるのですがお礼の返信でもしようかとリンク先に飛んだらことごとく削除されてましたね。あれ?笑


基本的に削除する気はないのでこれからも気軽にコメントしていただけると幸いですm(_ _)m


気が向いたらまた書きにきます。それではまたいつか

前の日記3つは自分が何年か後にしみじみと感傷に浸れるように書いたものであってですね、


あまり色んな人に読まれると恥ずかしいのであえて見にくいようにアホみたいな文量で脈絡の怪しい文章をぐだぐだと改行もせず書かせていただきました。

“あえて”ですよ。あ・え・て!決して僕に文章力がないわけじゃないんだからねっ!
まぁ実際ないのだけれども。
去年一昨年と読書感想文を出さずにやり過ごしてきたのは知る人ぞ知る話。知らなくてもいい話。


さて、昨日今日とADV数人で二華祭・三桜祭行ってきました。


感想は
二華祭<三桜祭
て感じです。三桜の方が雰囲気も売り物(転売だけど)も良かったです。ただ1時間以上も並んでお化け屋敷に入れなかったのは残念。まあ受付の対応ひどさに入る気失せて自分から途中で抜けたんだけどね。
あと三桜祭はテーマが良かった!笑
木皿愛しのはるかちゃんにも会えたしそれなりに楽しめました。


でも細かい面で見ていくとやっぱり壱高祭はすごいなって改めて感じます。他の学校がやってるような“文化祭”じゃありませんからね。



こんな感じの充実した二日間でした。
…ちゃんと勉強もします。
その前に…
第53回壱高祭が終わった。
それからの数ヶ月、虚無感や無気力感などいわゆる燃え尽き症候群のような状態が続いた。しかしそんなことも言ってられない。次の年の壱高祭に向けた活性化委員会が発足し、待ち構えているのは去年経験した後輩らにとって最初の試練個人面談。企画書を見る限り手書きがほとんどがいなく、自分が出したものよりはマシな物が多かった。自分が後輩の上にたって企画書を読んで真っ先に思った感想「去年出した自分の企画書最悪じゃねーか」ただ、当然指摘する点も多くあり、去年の自分のことは棚に上げて気付いた点はしっかり指摘したつもり。
そんなこんなでついに最終学年。
中心に立って作業してきたこれまでとは違い、中心から離れ、少し高い所から実委を俯瞰するポジションADV。
夜祭部に限らず、どの部署も1年時の仕事量とは比べ物にならない量になる。そのため1年間主要な仕事をこなしてきた3年生が2年生にアドバイスを送るのがその名の通りアドバイザー略記ADVの役目。あくまでアドバイザーであり、壱高祭実行委員会全体に関わることを以外は表立って仕事をすることはない。
そう聞くと前年より楽になったように聞こえるが、何度も書いている通り1年と2年の仕事量は雲泥の差であり、1年間実委を務めてきたとは言え知らないことは多く、詰めが甘い。いい加減な計画や企画をたててそのまま放置してたら失敗するのは明らかである。そのためADVが事細かにチェックし、2・3年会で吟味していかなければならない。毎年5~6千人以上集まる壱高祭では小さな不備でも後の壱高祭に関わるような問題になることはなきにしもあらず。
実務面では2年生が中心だが、それ以前の段階でADVなくして壱高祭の成功はなしといっても過言ではないと言うか断言できる。自分はADVを、去年一年間を振り返って感じた後悔をアドバイスとして全て伝え、後輩に同じ思いをさせないという思いで臨んだ。
ADVの思い出として真っ先に思い浮かぶのは結成式。後輩らにとって2度目の試練。今だから言える話、前日から2年が焼肉の準備をしてる時や2・3年会が始まるまでずっと話す内容を考え、箇条書きでメモをしてた。話すことが被らないように打ち合わせもしてた。けどいざ始まってみるとメモ帳も開くことなく意外とすらすら色んなこと言えた気がする。いくら伝統とは言え、言ってることは全て本心であり嘘ではない。それをバネにADVを見返そうと2年生全員が思ってくれればやった甲斐があるというもの。
それからは、2・3年会の度にADVから厳しい指摘が飛ばしていた気がする。自分はあまり厳しいことは言えなかったけど今思うと自分は甘かったのかなぁと思ったり思わなかったりちょっと反省したり。
さて、書くこと多い上に行き当たりばったりで書いてるからそろそろ次何書けばいいか分からなくなってきた。
壱高祭4日前、OH!バンデスにでて壱高祭の宣伝。時生しかしゃべってないのに名乗ったのはなぜか堀田だけ。うちわ持って立ってただけだったけど貴重な経験ができてよかった。その後ロフトをぶらぶらして解散。
壱高祭3日前、2年生たちと花火。長町らーめんでの山田が印象的。全員揃わなかったのが心残りだった。
壱高祭前々日、2・3年はこの日から宿泊スタート。
朝、7:30からウルスラの前でビラ配り。
1年目の南と2年目の尚絅
どちらともビラを余らしてしまったが、今年は遂に配りきることができた。
学校に戻ってからはする事もなく生徒会室でトランプ。働いてる後輩を見てると羨ましくて自分ももう一度働きたくなった。そう思った時、自分はもう見守る立場なんだということを改めて実感し、若干の寂しい思いを胸に抱きながら大富豪をした。
その日の夜、一高馴染みの店連坊で後輩らの決意表明を聞いた後、体育館でスイカ割りをして就寝。興奮して寝付けないかと思われたが睡眠欲には勝てずすんなり寝れた。
壱高祭前日、1年生もこの日から泊まることになる。前日というだけあり、皆慌ただしく働いていた。仕事のないADVは大人しく大富豪。午後はミス壱の練習。夜は全体会と2・3年会。相変わらず2・3年会は殺伐としていた。言いたかったことは全部浩平に言われ話すことがなくなり、残りの時間腰痛と戦いながら聞き役に徹した。
壱高祭一日目、開始直前にグッズの袋を用意していないとのことで買い出しに行かされた。早くもここで財布の中のお札が全て消失。といっても当然祭費からおりるので夜には戻ってくる。壱高祭開始そうそうADVをパシるとは先が思いやられた。
11:00、壱高祭が始まり、する事がなかったので校内巡回。毎年体育館に籠城していたため、壱高祭期間中の校舎内の雰囲気を味わえたのは初めてだった。外の空気を味わい、来場者視点で壱高祭を味わって思ったことは
やっぱり壱高祭は作る側の方が断然楽しいなということ。
確かに壱高祭はグッズやパンフやステージ、夜祭などあらゆる面でのクォリテイの高さは他校の文化祭とはひと味違う。一般の方も十分楽しめるものになっている。しかしこの日のために何ヶ月も懸けてきた自分たちにとっては来場者視点で見たときに多少の物足りなさを感じた。だから今の一年生には是非来年も実委として壱高祭を創りあげて実委でしか味わえない充実感を感じてほしい。
さて夜は待ちに待った初夜祭。編集前の映像ネタを見たときこんなんで大丈夫かと不安だったが、初っぱなからそんな不安を拭い去ってくれた。今までPAとして夜祭はステージの近くの機材付近で見ていたため今年は観客の後ろ方で少しの間見ていた。前の方の観客と言うか壱高生とは多少の温度差はあったものの、盛り上るところでは拍手をしてくれていた。一番心配だったMr.壱高も元夜祭部の陽友を始めとした出演者の方々のお陰で会場が多い盛り上ることができた。今年の初夜祭は大成功だった。
壱高祭一日目、これまでとは違う視点で壱高祭を見ることができ、充実した一日となった。
壱高祭二日目、壱高祭期間で最も盛り上がる一日。この日は中夜祭があり、その中のMs.壱高にADV全員で参加するため、衣装の買い出しに行った。その後は和室で練習をしたり、ステージを見たりして過ごした。
夜、中夜祭にて。
Ms.壱高は中夜祭のトリの企画なのでそれまではPAエリアで見ていた。中夜祭はいつになく下ネタが多い気がした。家族がミス壱を見にきてたので心の中で謝った。
イラマ(ryが始まり、ついに次に迫ったミス壱。
大丈夫だろと根拠のない自信を抱いていたが直前になって緊張感MAX。
イ(ryが終わり、ミス壱の最初であるADVによる処女時代の「自慰」が始まった。
踊り始めてすぐ、何故か隣で踊るはずの川村がいないことに気付いた。しかし踊ってる最中なので何も出来ないのでとりあえず踊りきろうと思った。後で親が撮っていたビデオを見せてもらったが練習に比べて少々ぎこちなかった気がする。やはり緊張感には勝てなかった。曲が終わり控え室に戻るといなかった川村が。どうやら直前まで働いていたため間に合わなかったようだった。せっかく前日の夜練習していたのに全員で踊れなかったのが今思うと今年の壱高祭で一番の心残り。是非何かの機会で全員で踊りたいものだ。
ミス壱が終わるとファイヤーストーム。
ADVなのでファイヤーストームに参加することも出来たが滅多にない経験なので真ん中に立って、前に出過ぎた人を止めるという役割の方を選んだ。
これが最後のファイヤーストームだったので、正直なところ真ん中で見てて自分も混ざりたくなった。けれど仙台一高に入学して、一生で一度の高校生活、出来る限り色んな経験をしたいと思って自分は最後まで実委として全うする選択肢を選んだので後悔はしていない。
ファイヤーストームが終わり有志演説。団長が話しているときは思わずグッときた。時生が話しているときは笑った。
その後先輩たちに会ってちょろっと話して壱高祭二日目無事終了。
壱高祭三日目、起きたら先輩が寝ててびっくりした。そしてそのまま二度寝。起きたらいなくなっていた。その後和室でぐだぐだしていると他の先輩がやって来た。壱高祭について話したり、トランプしたり、スイカ割りしたりと、充実した時間を過ごした。
14:00から今年は浅野祥さんの記念演奏があったので聞きにいった。三味線の音色は心を落ち着かせ眠気を誘いつつも話は面白く飽きない。この日の朝に完成したという一高節は素晴らしかった。流石壱高生。
その後閉祭式を経て壱高祭終了。17:30からの関係者向けシンクロまで寝ていた気がする。
関係者向けシンクロは去年見てからずっと楽しみだったので良かった。シンクロが終わり遂にADVが一言しゃべって飛び込むことに。皆脱いで飛び込んでいたので自分はあえて脱がないでいこうと思って、法被もスタTも下も来たまま飛び込んだ。気分がものすごく高揚していて早く飛び込みたいと思っていたからか、眼鏡を外すのを忘れてそのまま飛び込んだ結果、眼鏡が行方不明。その後足探りで何とか見つけサルベージ。
プールに入ってからずっと震えが止まらなかった。プールから上がってからは特に寒かった。でもその寒さも心地よく感じるくらい最高の気分だった。
後に残っているのは最後の全体会。
二年生が全員言い終わるまで三年生は何も言わないのが暗黙の了解。だけど中々二年生全員が出てこない。いやぁ長かった。途中痺れを切らして二年生が全員出る前に三年生出るほど。
最終的に全員話したけど、人に言われて出るのは有志演説とは呼べないよね。いくら疲れているとはいえ2年生は寝ちゃダメだよ。そこがちょっと残念。
まあ伝えたいこと伝えられたので良かった。
委員長が全体会の締めとして話終え、いよいよ団長登場。
今年も実委内でストーム出来るとは思ってなかったのでそこはホントに団長に感謝したい。
去年はこの後号泣して先輩たちに抱きついたので、ここだけの話、今年は泣いてる後輩を慰めるために自分は泣かないようにしようと決意していたが後輩らは思いの外涙腺が強いようでと言うか感動よりも疲労の方が強いようで理想のエンディングとまではいかなかった。
それから翌日の打ち上げまで体育館で二日目の夜に出来なかった夜祭部打ち上げをした。楽しかった。去年のこととかも色々思い出したりして迂闊にも泣きそうになったけど泣かなかった。夜祭部に関しては今年の二年生は自分よりずっと優秀だった。そんな後輩を持てたことを誇りに思う。

3年間を通して、
尊敬して止まない先輩や優秀な後輩に囲まれ、実行委員として過ごせたことは本当に幸せだった。


そして最後に、
浩平、川村、鎌上、山田、才田、木皿、時生
このメンバーで最後まで実行委員やれてホントに良かった。
例年に比べ人数が少なかったけど俺はこれがベストメンバーだと思ってる。
実行委員としてお前らと過ごしてきたこれまでの時間は俺にとって一生の宝だ。
ありがとう

って最後の全体会の時言おうと思ってたんだよ。