tkc_world的Blog -41ページ目

メンバークラブ退会

父が加入していた、パソコンショップのメンバークラブの退会手続きをしてきました。


加入していると気づいたきっかけは、使っていたデスクトップパソコンにウイルス対策ソフトが入っていて、自動更新になっていたこと。


そのウイルス対策ソフトの会社に電話したところ、販売店経由で加入しているので解約できないと言われました。


銀行口座もクレジットカードも解約したので、会費が引き落とされることもないから放置していたのですが、本棚を整理していたら会員証が発掘されました。


そこでお店に電話し、事情を説明して、解約手続きをすることになりました。


確認方法は、死亡診断書と代理人(僕)の本人確認書類だけだったので、特別な準備もなく、電話した翌日には店舗で解約することができました。


少しずつですが、不明だった契約が整理されています。

相続手続き(M銀行、Y銀行)

今日は有給休暇をとって、相続の手続きをしてきました。

 

まずは銀行口座の相続で、父が口座をもっていた3行とも相続手続きの依頼は済ませているので、今日は必要書類がそろった銀行についてのみ、手続きを進めることに。

 

朝一に行ったのはM銀行。事前の来店予約は枠が埋まっていてできなかったので、予約なしの訪問です。担当者は予約を優先するため空いておらず、13時に来てほしいと言われて一度戻ることに。

 

それまでの間に、Y銀行の手続きをすることに。こちらも記入済みの申請用紙と必要書類を提出するだけなので、多少の確認時間はかかったものの、スムーズに受け付けてもらえました。

 

一度家に戻り、昼食後に再度M銀行へ。今度はさすがにスムーズで、申請用紙をその場で記入し、必要書類の複写を提出して手続きは終わりました。

 

どちらも父の口座を解約し、母名義の口座に預金を移す手続きをしているので、数週間で振り込まれるとのこと。入金されれば、相続手続きが完了します。

 

あと1行、S銀行については必要書類が揃っていないので進められないのですが、ここは郵送のみでOKなので、書類の準備を待つしかありません。

 

今日はその他に、軽自動車の名義変更をするつもりでした。

 

でしたというのも、完了できなかったので、また後日に続きをやらなければいけないからです。

 

原因は、軽自動車の所有者が、購入時のローンを組んだカーディーラーになったままのため。使用者は父だったので、税金は支払っていたのですが、ローンを完済した後も名義を変えていなかったため、せっかく軽自動車検査協会まで行ったのに無駄足になってしまいました。

 

こちらについては、カーディーラーの営業担当者に連絡して、どうすればよいかを相談したいと思います。

 

先はまだ長いです。

祖父の軍歴を確認する・父方編

夏に父が亡くなり、もっと話を聞いておけばよかったと思ったことの一つが、祖父のこと。

 

職業軍人や第一次産業に従事していた人が多かった昭和十年代にサラリーマンだったこと、転勤族だったので父と叔母とは生誕地が異なること、今僕たちが住んでいる家の場所を買ったこと、僕が生まれる2年前に亡くなったことなど、断片的にしか知りません。

 

2人の叔母のうち、1人は既に鬼籍に入り、もう1人とも冠婚葬祭のときにコンタクトする程度で、祖父に関する話を聞くことも難しい感じです。

 

そんな中、公の情報として入手できるのではないかと思ったのが、軍歴でした。

 

以前から、軍歴を取得することができることは知っていましたが、きっかけもなく行動に移せていませんでした。そんな中、父の死をきっかけに、父のルーツでもある祖父についてより知るため、改めて調べてみることにしました。

 

祖父はサラリーマンだったので、徴兵で兵役に就いたと思われます。陸軍にいたということは聞いていたのですが、それ以上の情報はありませんでした。

 

厚生労働省のホームページで確認すると、陸軍の軍歴情報は、終戦当時の本籍地を管轄する都道府県が継承していると書かれていました。

 

実は当初、この「終戦当時の」という部分を見落としていて、最初は祖父の死亡時の本籍地である埼玉県の福祉部 社会福祉課 援護恩給担当に問い合わせてしました。電話で確認してもらったところ、情報は残っていないとのこと。考えてみると、昭和四十年代に家を買った場所が埼玉なので、その当時の情報があるわけはないのです。

 

ではどこが本籍地だったのかと考えてみました。前述のとおり、祖父は新潟出身であったものの転勤族であり、父と1人の叔母は北海道で生まれ、もう1人の叔母は新潟で生まれと、当時の本籍地がどこだったのかがパッとは浮かびませんでした。

 

思い出したのが、祖父が掲載されている改製原戸籍を、生前に父から写しをもらっていたこと。それを出してきて見たところ、終戦時点の本籍地は新潟県だったことがわかりました。

 

そして、日を改めて新潟県の福祉保健部 福祉保健総務課 援護恩給室に電話をしました。

 

手元に祖父の情報を持っていない状態で電話してしまい、祖父の名前と本籍地の市町村名は伝えられたのですが、生年月日は記憶しておらず、辛うじて生まれた年だけを伝えました。これだけの情報で検索してもらったところ、同年生まれの同姓同名の人の情報は残っていることがわかりました。

 

それではということで、必要書類を集めて申請することにしました。新潟県の場合、必要な書類は以下の通り。

1. 本人と申請者の続柄を証明する戸籍書類

2. 申請者の本人確認書類コピー2種類

 

これに加えて、申請書と費用が必要です。

 

 

申請できるのは、遺族に限られ、配偶者または三親等内の血族となっているため、僕が申請者になります。

 

祖父と僕との続柄を証明できる書類は何があるのかわからず、市役所に行って相談することに。すると祖父と僕が載っている改製原戸籍を取得することで、祖父ー父ー僕とのつながりがわかるそうです。ということで、それを取得することで1はクリアになります。

 

2については、電話で照会した際に確認しており、運転免許証とマイナンバーカードのコピーを用意しました。

 

それに加えて、コピーの作成費とそれを送る書留郵便料として必要な費用の支払いとして、定額小為替750円分を用意しました。定額小為替については新潟県のホームページには記載されておらず、電話したときに教えてもらいました。

 

費用の支払い方法としてホームページには、納入通知書を入手して金融機関で納入、入金確認後の対応と書かれています。定額小為替であれば、それよりも早く対応可能ということで、この方法をとることにしました。金融機関での振込手数料と、定額小為替の手数料は似たような金額なので、スピード優先としました。

 

これらをそろえ、簡易書留で発送して、手続き完了となります。家にあった切手を集めて貼り、簡易書留で発送したのは、11月6日です。

 

そして、11月14日に新潟県からの簡易書留が到着。その中には、祖父の兵籍簿の写しと、確認書類として提出した改製原戸籍、定額小為替の750円から費用(複写代金、送料)を差し引いた金額の郵便切手が入っていました。

 

兵籍簿の写しを見ると、僕が初めて知ることがいくつも出てきました。

 

兵歴としては、昭和8年に高等商業学校を卒業後、同年に現役兵として入営したのが最初です。部隊名は、ゴム印がつぶれていて見づらいのですが、「歩兵第七十四聯隊機関銃隊」と書かれているように読めます。なお歩兵第七十四聯隊の所在地は当時の朝鮮、現在の北朝鮮です。その後、昭和9年に幹部候補生を命じられ、その年の12月に退営していました。

 

数年に一度くらい演習に参加したのち、昭和14年に臨時召集を受けて2度目の入営。今度は地元である「歩兵第十六聯隊留守隊」に應召され、第二機関銃隊に編入されています。この時期、連隊の本体はノモンハンに派遣されていたため、その留守を守るためだったのかもしれません。この時の期間は短く、年内に召集が解除されています。

 

3度目の召集は、昭和19年2月に臨時召集されています。部隊名は「東部第二十三部隊」とあります。これは、「歩兵第十六聯隊」の防諜名であるそうで、昭和14年と同じ部隊ということになります。そして翌年2月には、「防空分散作業隊員として福島地区へ派遣」と書かれていました。

 

ただし、終戦による混乱が原因なのか、このあたりから履歴が適当になっているようで、正式な兵籍簿への記入ではなくなっています。前述の福島地区への派遣についても、別紙に書かれたものが貼られていました。これとは別に黒ずんでいて読み取ることができない状態のメモが残っており、これ以降の情報はわからないままです。

 

そのため、祖父が終戦の時点でどこにいたのかは不明なままです。ただし、生きて帰ってきたこと、終戦の半年前に福島にいたことを考えると、日本国内にいただろうことは想像ができました。

 

商業高等学校を卒業していたことや、幹部候補生として陸軍軍曹となっていたことなどが、今回の調査で初めてわかりました。これだけでも、大きな成果だったと思います。

 

並行して依頼をしている母方の祖父の軍歴についても、早く返事が来るとよいのですが。

 

(2025年11月14日19:30 加筆修正)

定期券購入顛末

通勤定期券の購入で、やらかしてしまいました。

 

発端は、今使っている定期券の期限が切れるものの、東武カードの改悪により継続購入ができなかったこと。

 

東武鉄道の駅では、東武カード以外は使えないため、6カ月10万円もする定期券をキャッシュで買うしかありません。それに対し、東京メトロでは窓口でも自動券売機でも、あらゆるクレジットカードが使えるという便利さ。

 

ということで、継続更新はせずに新規購入することにしました。

 

ただ、ここでトラブルが発生しました。

 

父の荷物を整理していた際、使い終えたPASMOカードが発掘されました。定期券としては期限が切れていましたが、チャージが残っているのではないかと思い、解約するために持ち歩いていました。

 

そこで定期券を新規購入する際、使用済みカードがあるならこれを使えばいいのではないかと考え、軽い気持ちでそのカードに定期券情報を書き込みました。

 

ふと気になってPASMOカードを見ると、父の名前と年齢が記載されていました。

 

よくよく考えてみると、父が定期券として使っていたのであれば、記名式PASMOであるはずです。ということは、そのカードに定期券情報を書き込めば、以前の所有者のものになるわけです。

 

これはやらかしたと、東京メトロのお客様センターに問い合わせ。電話はつながらなかったので、メールで質問を送りました。

 

送った翌日に返事が来て、名義変更ができないので、払い戻しをして買い直すしかないとわかりました。

 

払い戻しができるのは、駅員が所在する定期券売り場のみ。職場最寄り駅には売り場はなく、通勤経路では飯田橋駅にあることがわかりました。そこで出勤の途中で下車して、払い戻しをすることにしました。

 

問い合わせの回答に書いてあったのは、名義人(今回は父)の公的証明書と代理人(今回は僕)の公的証明書、そして委任状が必要であるということ。さすがに亡き父に委任状は書いてもらえないので、父との関係がわかる戸籍謄本と、父が亡くなったことがわかる死亡診断書を持っていきました。

 

窓口で状況を伝えたところ、名義人の免許証やマイナンバーカードを持ってきていないかを問われました。持参した書類で対応してもらうには、東京メトロ本社の確認が必要とのことで、問い合わせてもらうことになりました。

 

数分後、確認の結果として、受け付けてもらえることになりました。メールで問い合わせをした履歴が残っていたことも、話がスムーズに進んだ要因の一つだったようです。

 

結果、220円の払い戻しを手数料を払うことで、無事に手続きを終えることができました。それに加え、チャージ残高があったので、デポジット返却額と合わせて現金が戻ってきました。

 

窓口で駅員にお礼を言い、近くにあった自動券売機で、改めて定期券を購入しました。デポジットも新たに必要となりますが、これは仕方がないですね。

 

ということで、定期券を新規で買うだけで、1週間弱も時間がかかってしまいました。今週末には今の定期券の期限が切れるので、今度はそのPASMOカードを払い戻さなくてはいけません。

 

軽い気持ちでやってしまいましたが、やらかしてしまったということになりました。自らのミスではありますが、やれやれでした。

『KAN.B面 Collection』

火曜日に届いていたCD、『KAN B面 Collection』。


時間がなくて開封できていなかったのですが、ようやく手にすることができました。


既に聴いたことのある曲がほとんどで、今はサブスクで聴くこともできるようになっています。


実際、最近はSpotifyでリストを作って聴くことが多いのも、事実ですし。


それでも、手元に置いておきたいものもあります。


僕の場合は、それがKANのCDです。


ということで、これからゆっくり聴きますが、まずは手元にあることで嬉しくなりました。