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いちご

奥さんをパート先へ送った後、ドライブがてら道の駅へ。


初めてイチゴを買えました。


何回か直売所をのぞいた時は、既に売り場にイチゴはなく、会計待ちの列だけが残っていました。


それが今回は、売り場にイチゴが並んでいて、選ぶこともできるほどでした。


会計待ちは、約15分。まぁ仕方がないですね。



祖父の軍歴を確認する・父方編(費用について)

祖父の兵歴がわかり、送られてきた書類を整理していたら、申請時の領収書が出てきました。


母方の方は残しておらず、父方のものだけではありますが。


もし誰かが今後、同じように先祖の兵歴を調べる際、ネットで検索して出てくるかもしれないので、参考に書き残します。


市役所での支払い

 戸籍謄本 450円

 改正原戸籍謄本 750円


郵便局での支払い

 第一種定形郵便 110円

 簡易書留 350円


新潟県への支払い

 コピー代(2枚)  20円

 郵送料 140円

 簡易書留 350円


合計で2,170円でした。


封筒や申請書の印刷は自宅にあるものを使ったので、加算していません。


ちなみに母方の祖父は海軍だったので、申請先は厚生労働省。こちらは、調査結果を送るためのコピー代や送料は必要ありませんでした。


数千円で自分の先祖のことを知ることができます。もちろん、下調べや証明書類(戸籍など)が必要で手間はかかります。それでも興味があれば、ぜひやってみると良いと思いました。

軽自動車名義変更完了

今日の有給休暇を取った最大の理由である、父が使っていた軽自動車の名義変更。


無事に終わりました。


ディーラーのローンで購入したようで、名義がカーディーラーになっていたことを、手続きに行った際に認識。


ディーラーの営業担当に確認すると、変更したと思っていたと言っていて、かなり不安に。


必要書類を揃えて渡し、後日名義変更の承諾書を用意してもらったのが、昨年の末のこと。


年初から忙しく、ようやく有給休暇が取れ、行って来たという次第です。


隣町にある軽自動車協会の事務所に行き、事前に記入しておいた書類を渡して、手続き開始です。


書類に抜け漏れはなかったようですが、唯一修正したのが、手続きの種類の欄。


父からの変更だと思っていたので「相続」と記入したものの、実際には名義はカーディーラーのままだったので、結局は単なる「名義変更」となりました。


それを除くと問題はなく、手続きはスムーズに進み、15分くらいで名義変更が完了しました。


あっけないといえばそうですが、ようやく完了できてホッとしています。


ブラック企業

弊社、ブラック企業です。

 

知ってはいたけど、最近は特にひどい。

 

まず承認が遅い。2週間前に申請した、僕の今日の休暇申請が承認されていない。午前中に、至急返信要請のチャットがバンバンと飛んできたのですが、それは承認を滞らせている本人から。働かせたいがために、承認しないんじゃないかと勘繰りたくなるほど。ちなみに、昨年9月に使用した交際費、いまだに承認されず、振り込まれていません。2件で4万円以上と小さくない金額です。

 

人員体制も貧弱。僕が現在担当している業務は一人でやっているので、不在時は誰も対応してくれないというか、誰もできない。2024年末時点では3人でやっていたことなので、補充されないまま1年半が経過。さらに僕自身、他の業務も兼務しているので、忙しさは数倍に。ちなみに今も採用枠はないとのことで、派遣社員の増員でお茶を濁そうということです。

 

お金の管理もダメ。先月末の入金確認が取れないと騒ぎ始めたのが昨晩で、営業である僕が取引先に確認したところ、しっかり振り込まれているとのこと。改めて確認すると、別の会社からの入金で処理していたことが判明。これらがシステムでなく、人力でやっているということを聞き、9桁以上の金額を扱う会社とは思えない前近代的感に、絶望を感じました。

 

何よりビジネスの根幹である、在庫管理が下手。そもそも需要予測が甘く、受注と供給のアンバランスが発生していて、納品遅延で謝ることが主要業務になっています。そのうえ急な生産終了が発生するので、受注に対して納品できないことが連発し、これまた謝罪文を回数は半年で片手が埋まるくらいとなりました。

 

最近は、胃痛を感じる毎日です。就寝時、寝付くまでの間や起きる直前など、仕事のことが頭をよぎるのが日課のようになっています。これでは、心も体も休まらない。

 

周囲からは、スパッと切り替えて、休むときは休んだほうがいいと言われますが、上記のように人がいないので結局後で自分でやることになります。なので、やらなきゃいけない。

 

倒れないようにすることだけを気を付けたいと思います。

祖父の軍歴を確認する・母方編

父が亡くなったことをきっかけに思い始めたのが、祖父について知っていることが少ないこと。

 

僕が幼少のころから、父と母のそれぞれの祖母は健在だったので、直接話しをする機会は多くありました。

 

それに対し、それぞれの祖父は僕が生まれる前に亡くなっていて、会ったことすらありません。特に母方の祖父は、太平洋戦争で戦死しているので、母すら会ったことがないのです。

 

健在である母の兄もまだ幼少の頃の戦死であり記憶もないと思われ、また祖母も鬼籍に入っていることから、今から話しを聞くこともできません。

 

そこで亡き祖父について知ることができる方法として、軍歴を調べるということを思い出しました。

 

母方の祖父は職業軍人であり、海軍にいて軍艦に配属され、沈没により亡くなったということは聞いていました。加えて、祖母宅には祖父の経歴が額で飾られていたのですが、その頃は興味が薄くてよく見ておらず、またその家も今はなく、その額がどこにあるかもわかりません。

 

これだけの情報を基に、祖父の軍歴を調べることを始めました。

 

検索して出てきたのが、厚生労働省のホームページにある「旧陸海軍から引き継がれた資料の写し等の申請について」というページで、軍歴を取得する方法が記載されています。海軍と陸軍では取得の方法が異なること、申請に必要な書類が何であるか、はっきりと書かれています。

 

 

海軍の軍歴情報は厚生労働省が保管しており、その申請には以下の書類が必要であるとことがわかりました。

1. 遺族(申請者)の身元確認書類
2. 戸籍資料(続柄がわかるもの、調査対象者の戦没年月日がわかるもの)
3. 遺族(申請者)の住民票
 
2については、母を申請者として母自身の戸籍を取得すれば続柄として祖父が記載されることになります。また祖父の戦没年月日については、従兄が所有していた改製原戸籍の写しを写真で送ってもらったことで、そこから知ることができました。
 
1と3については、父の銀行口座の名義変更手続きなどで市役所に行った際に、合わせて取得しました。
 
指定の申請書に必要情報を記入し、上記の用意した書類と合わせて、厚生労働省に郵送しました。発送した時期は、10月半ばでした。
 
この過程の中でわかったこと。母は、祖父の生年月日を知らなかったそうです。従兄から送ってもらった改製原戸籍には、生年月日が書かれていたので、これで初めて知ったと。これがわかっただけでも、やって良かったと思いました。
 
年も変わり、2026年になりました。
 
1月20日、仕事帰りに母の所に顔を出すと、厚生労働省から封筒が来ていたとのこと。事前の情報通り、約3カ月ほどかかりました。開封したがよくわからないので、後で見てほしいと言われました。
 
封筒の中に入っていたのは、奉職履歴、功績調査票2種類、死没者調査票、戦没関係綴、功績明細書の写しで、両面コピーされていたものの枚数も多いものでした。
 
わかったことは、航空母艦「神鷹」乗組として勤務中、東シナ海で敵潜水艦の雷撃を受けて同艦が沈没した際に、亡くなったということでした。昭和19年11月17日のことで、機関兵曹長で亡くなり、死後少尉に任じられていました。
奉職履歴には、海軍に入ってから亡くなるまでの情報が書かれています。もちろん、祖父が乗り組んでいた艦船がすべて書かれています。昭和6年6月に横須賀海兵団に入団し、機関兵となり、駆逐艦「太刀風」の乗り組みからスタートしています。その後は巡洋艦「高雄」、戦艦「比叡」、水上機母艦「神威」を経て、最後を迎えることとなった「神鷹」に乗り込んでいます。
 
奉職履歴を見てすごいと思ったことが、その情報の細やかさ。海軍工機学校に2度入校(練習生、高等科練習生)したこと、第二種痘(赤痢疑似、赤痢菌保有)で2度入院したこと、特別大演習で当時乗組していた戦艦「比叡」がお召艦になって天皇陛下が乗船されたこと、結婚や子供が生まれて(ここには母のことも記載あり)戸籍異動届が出されたこと、従軍記章や勲七等などを授与されたことなど、海軍でどういう過ごし方をしてきたのかがよくわかりました。
 
また功績調査票では、どのような表彰を受けてきたのかが書かれています。略称で書かれていて、生前は旭七(勲七等青色桐葉章)を授与し、戦死により功六(功六級)、旭六(勲六等単光旭日章)が授与されています。またこれとは別に賜金ももらったことが金額含め書かれていました。
 
なおこの勲章は、残念なことに手元に残っていません。終戦後は祖母の手元にあったそうですが、綺麗に修復するから預かるという詐欺にあい、戻らなかったということは母が言っていました。とても残念です。
 
死没者調査票には、死亡状況や遺骨伝達、遺族情報、恩給や弔慰金の支払時期や金額などが書かれています。遺骨伝達の欄には、昭和20年8月26日に祖父の父が「位」を引き取ったと書かれています。この「位」とは何か。この欄の区別は「骨、霊 位、品などの区別」となっており、東シナ海で戦死していて遺骨もないでしょうから、おそらく骨壺の中に位牌が入っていたのではないかと推測しました。
 
戦没関係綴は、「神鷹」での戦死者名簿となっており、本人部分以外は不開示として塗りつぶされています。祖父については官職は機曹長、そして特殊任用進級発令として少尉に任じられたことも書かれていました。
 
最後の功績明細書には、上記の表彰情報に加え、何の戦歴に対するものかが時系列で書かれていました。また欄外には、殊勲乙であること、准士官格であることも記載されていました。
 
これらのことを推測交じりで母に説明したところ、やはり知らないことばかりだと言っていました。伯父がもう少し若いころにこのことが知ることができていたら、ここに書かれていないような話もきくことができたかもと、残念がっていました。
 
今回の書類を取り寄せるにあたり、従兄には古い戸籍を確認してもらったりと、サポートしてもらいました。ですからこの資料については、複写をして送ることにします。
 
太平洋戦争後、80年を過ぎてもこのような情報を管理しているのは素晴らしいと思いました。従軍した本人は既に鬼籍に入られた方がほとんどでしょうし、その子供世代も減ってきています。孫世代もシニアの領域ですから、もし今後新たにこういう情報を取得したいと思うのは、曾孫世代になってくることでしょう。会ったこともない親族のことではありますが、彼ら一人一人の戦争へのかかわり方について、正しい情報を知るためにもぜひ残し続けてもらいたいものです。