心臓外科の手術は人生にたぶん一度の一大事です。にもかかわらず、心臓手術をする施設や医師を成り行きできめているひとが多い気がします。目の前の先生がすすめてくれるから、ということで心臓外科医師をきめていないでしょうか。
アメリカにいると自己責任という言葉がついてまわります。日本のように福祉にレールはひいてありません。何百種類という選択肢からひとつを選びます。複雑で、医療従事者ですら、全貌はみえません。いい面と悪い面がありますが、自分が人生をコントロールをしているという自覚がありますから、成り行きというのは健全ではないなという意識がうまれることはすこしはよかったと。
医師は親身になってくれますが、人生を肩代わりしてくれたり、責任を共有してくれることはありません。なので、私はどんなにいい先生でもそこは冷静に自分で医師を選ぶことをおすすめします。
話はそれましたが、心臓手術において医師選びは非常に大事です。心臓手術は細かい技術で成績がかわってきます。どれくらい深く針をいれるか、どのような縫い方をするかで長期の成績がかわります。また、おもわぬことがおきることがあります。そこに必要なのは乗り越えた経験です。
自分自身、いろいろなところで働き、さまざまなやり方を学びました。困難にもあたりました。その中で自分がいいものがどれかというものかわかってきました。ただ、これは確定的なものではなく、やはり常に改善の余地があります。死亡、合併症率はゼロになりませんから。
ただやはりわかりにくいのは一緒にはたらいたことのないひとの技量です。実際多く手術をおこなっているひとでも、これはすごいけど、これはそうでもないとおもわされることがあります。だから医者選びは難しいのだとおもいます。
患者の口コミはあてになりません。なぜなら、うまくいった先生は星5つですし、うまくいかなかった先生は星1つなわけです。患者さん全員が星をつければいいですが、そういうわけではありません。なので、あてにはならないのです。
自分の家族が手術をうけるときにどうするかと考えてみました。私が知っていることは正しくこだわりのあり、経験のある医師、新しいことに少しずつ挑戦していく医師が強いということです。昔ながらのやり方をずっとやっているのは、安定したクオリティはだせるかもしれないですが、いつの日か他の施設に負けていくでしょう。なぜならば成功経験にしがみついていて、失敗経験にふたをするからです。つねに改善する努力が必要なのです。そのなかで失敗もあるでしょう。そういう意味ではある程度失敗になれているほうが信頼できるかもしれません。失敗しすぎるのもまた問題なのですが。うまく失敗できるのは改善に必要なことなのです。どのようにそれを見分けるかそれはかなり難しいことですが、新しい手技をある程度やっている施設はそうなるでしょう。いまではTAVRというカテーテルでの心臓弁手術をやっているという点は最低限で低シンシュウ手術やロボット手術をおこなっているところはポジティブでしょう。
経験があるということは、ひとつは施設が多く手術をおこなっていること、もしくは過去に海外の大きな施設や国内の優良な施設でトレーニングをうけてきた先生がそうでしょう。手術の結果が明確に書かれているところは非常に正直だとおもいます。手術の結果がいいからといって、そこが必ずいいとは限りません。手術をする患者さんのセレクションの厳しいところであれば、リスクの高い患者さんは大学病院などにおくるという施設もあります。大事なところは正直なところではないでしょうか。成績が悪いところが、必ずしも悪い施設とはかぎりません。ただ、数をやらなければ、いい経験、悪い経験ができないというのは実際のところですので、数の多いというのは大事な要素ではあります。
内科の先生の支持がえられているのも大事です。成績がある程度よくないと内科の先生から支持されません。他の施設におくるというのは内科の先生にとって勇気のいることです。逆にそれだけ信頼のえられている先生はいい外科医なんだろうと推察します。
もうひとつ大事なことはあるひとつの手術が上手な先生が他の手術が上手というわけではないということです。バイパスが上手な先生で大動脈が苦手な先生はいますし、大動脈が上手でバイパスが苦手な先生もいます。その先生が何に情熱をもっているかはHPや学会発表などをみてみるとわかるとおもいます。
話している感じでいい外科医かどうかは実際はわかりますが、そこは経験がないとわからないところでしょう。自信過剰な先生は信頼に値しませんが、自信のない先生もだめです。事実を説明してくれ、医師の経験を説明してくれる先生がよいとおもいます。
メッセージとしては
自己責任で、自分で術者を選ぶこと。
術者にめどをつけたら、その施設、先生をすこししらべてみること。
内科の先生の支持がえられている先生はポジティブ。
ということでしょうか。
また思いついたら、足していこうとおもいます。