イーコールの守護により、小学校時代の忘れられない学習環境について紹介してみる。


 確か小学校高学年だったと記憶している。


 担任教師が体調を崩し長期療養となった。


 ここからの授業は酷かったゼ。


 空き時間の教師が交代で細切れに授業を進める。


 訳がわからん。授業として成立してない。


 困ったゼぇ…


 勉強の好き嫌いの問題じゃねぇ。


 教師は、何処から何を教えれば良いのかわからない状態。


 当然、生徒は授業がわかる筈もない。


 学校に登校する意味すら不明だったゼ。


 しょうがねぇ、授業は無視して独学で学習内容を理解してたゼ。


 最悪だったのが、「国語」の授業だゼ。


 国語だけ教頭(今は副校長と呼ばれるのかナ?)が授業を担当したゼ。


 『鶴の恩返し』のような物語を、一学期使ってやっと終了する始末。


 オレは授業を無視して、どんどん教科書の先を独学してたゼ。


 代替教師の手配もままならず現場任せ。


 所謂、これが教育の「三多摩格差」と呼ばれる代表例なのサ。


 「三多摩格差」については以前↓書いた。


 フッ…。この世では教頭こそ長期療養して欲しかっただなんて言葉はいえそうにねえな…。


 あばよ…菊……。