俺たちはまだ戦い続けなきゃならんのか.... | AKB48 LIFE

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アイドルグループなしの人生なんて...退屈である。

AKB48と現代アイドルの魅力
AKB48ファンを公言していると、なにかにつけて、「どこが、いいの?」という挑発にも似た愚問を必ず問われる。

普段、冷静に日常生活を送っておられる国民の皆様方は極度に熱狂している者や事象に対して冷ややかな見下した態度で、このような疑問を投げかけてくる。

負けず嫌いな私は完璧なまでの理論武装と過去の芸能や文化の事象を比較対象を交えながらロジカルに懇切丁寧に説明する。

結論的には「人の楽しみを厭味ったらしく批判している暇があったら自分で楽しみを見つけろよ」ってことなんですが....。

「どこが、いいの?」って問いかけてくる人に限って「テレビと身内SNS」で自分の世界が構築されている純粋な方なので説明するのに一苦労する。

AKBシステムは昔からある
たとえばAKBのメンバーのドラマチックな苦闘や成長をプロレスに例えてもプロレスそのものを知らないし....。

「会いにけるアイドル」というコンセプトはそもそも、日本に根付いていた落語の「寄席文化」(365日、いつでも気軽に大衆演芸が楽しめる小屋システム)に似ているので、日本人に受け入れられやすいといっても、「寄席」ってものを知らないし...。

メンバーの「卒業」するというシステムも宝塚歌劇団が何十年前からやっている(研究生というシステムも劇団の研修システムに似ている)といっても宝塚を見に行ったことないらしいし...。

「推しメン」という概念は歌舞伎や相撲を楽しむ上でのご贔屓筋、旦那衆、勧進元っていうパトロンシステムと同じと話しても、そもそも歌舞伎や相撲を生でご覧になってないしと...。

そう、質問させる方々はあまり遊びを知らない真面目な方が多いので比較する物事から、いちいち説明しなければならない。

買うのは個人の自由だろう?
そして、一番めんどくさいのが「なぜ?同じCDを何枚も買うのか?」。コレを説明するのが一番バカバカしい。「そんなの個人の勝手だろ!」と言いたい。

お前が来ている似合いもしない馬鹿高い服や時計や靴を何個も買うのと根本は一緒だ(いやこれは種類や形が違うからと言われても靴や服なんて数枚あれば充分だろ?時計なんか1個持ってればいいだろう?)と面と向かって言いたい!

何十枚もなん百枚も同じCDを買ったってそのことにファンは納得しているんだから。買いたくなければ買わんのよ。

「そんな同じCDを何枚も買わされて騙されている!」ってなことはお前に言われなくても、こちたら、とっくの昔に承知している。

パトロンシステムと大衆芸能
この巨大な48グループを存続させるためには莫大な資金がいるのだ。メンバーを食わせるには金がいる。そして、それを束ねる胴元(また、この胴元というのも分からんヤツが多い)が必要だ。胴元は裕福でなければ、興行は成り立たんのだ。

正直、秋元康や運営がいくら儲けようとも構わない(ココに文句、言っているヤツはヲタを辞めるべし)。このAKB48グループという稀有な面白ワールドを存続させてくれるのら、多少の身銭を切るのは当たり前なのだ。

現代人、いや庶民は特段に努力やリスクを負っているわけじゃないのに、自分より儲けているヤツが憎くて、いや悔しくて仕方ないらしい。まさに嫉妬深き現代社会。

こういった方々は全てのことが平等に自分も楽しめるものだと勘違いしている。

何十枚もCDをファンに買わせて胴元が潤い、それを興行に還元してくれるのが大衆芸能だ。

ちょっと昔は一部の大金持ちだけがパトロンとして金を貢ぎ、自分たちだけが楽しんでいた。一般庶民なんて、その枠にさえ入らせてもらえなかった。

それが、今じゃたった1枚のCDを買うだけで、楽曲を楽しむだけじゃなく、握手会という興行に参加させてもらえる。俺たちのような貧乏人だってその枚数だけ十二分に楽しめるシステムをAKBは作ってくれたんだ。

当然、人より楽しみたいなら同じものを何十枚も買ってパトロンとして存在感を示したいのが人情ってやつだし、たくさん金を払ったヤツが楽しい思いをするのは至極真っ当なこと。

旦那衆は(パトロン)は同等対価なんか求めない
そもそも、旦那と呼ばれるパトロンはその貢ぐ行為に対して、その貢ぎモノ(金)と同等対価を求めない。自分の自己満足のために対価を払うだけ。

それが芸能に金を払うということなのだ(AKBだけが特別じゃない)。。

¥100のパンを買って¥100分の満足感を得る考えしか納得いかないのなら、芸能なんかに手を出さない方がイイ。世間一般が決めたものにしか対価を払えないなら、そういう生活をすればいい。

芸能を楽しむ、いやパトロンとして遊びたいなら自分でその対価の価値を決めることができなきゃ楽しめない。

自分で価値を決めて金を張るのだ。これが一番の金を使った贅沢な遊びなのだ。

この現代にいるからこそ、こんな贅沢な遊びを一般庶民が楽しめるのだ。

誰かが自分より儲けていることに対して嫉妬しているヤツが多い現代社会ではAKB流の遊びは異端らしい(コレが王道の遊びなんだけどなぁ)。

いや、憎悪の対象らしい。こちら側から言わせれば「あんたら人の上げ足を面白がるテレビの観過ぎでSNSで愚痴を溢し過ぎだ!」

俺たちはプロレスファン時代のように、いつまで?自分勝手な正義を掲げる大衆と闘い続けなければならないだろうか...。


いや、ここで世間と闘うことを諦めたらゲームオーバーなのかもしれない。