TREE OF BAOBAB* -38ページ目

sesame

ネイル☆





今日もすてきすてきにしていただきました☆
あー、かわいくてしあわせ☆



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立春、雛人形、本厄

春が来ましたので。


大安吉日、立春に朝5時半起きで出しました。

何にでも言えるけど、
積み重ねで徳に変わると信じているので日柄はどうしても気になる私は、絶対にこの日が良かった。



今年は息子氏の机とか入れて、2つ並べられなくなっちゃったので、子供部屋にりこすけさんの。



寝室に私のを出したよ。

、、、め。


ふたつとも、親と家族の思いがたっぷり詰まってるから、いつまでも私のも出して風に当てたいな。

親になって、これを飾る時に、両親と、おじいちゃん、おばあちゃんに何度もありがとうと思う。
義母も、毎年飾ってるので、三代お雛様が飾れる日が楽しみだなと思う。





からの、母と娘と、親子三代、ぶらり伊勢の旅。



もとい。

厄払いと、特別参拝に。


本厄スタートです。
万事、健やかに済みます様に。


普段、神様にお詣りに行っても、
感謝をしなさい。願い事ではなく、日々を変わらず過ごせる事への感謝をするべきと言われて育ってきたので、

前厄の去年、今年と、
すごく久しぶりに神様にお願いしています。

家族にふりかかることが無いように。
変わらない毎日であるように。


普段通りの私たちでありますように。


お札も頂き、一安心です。



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節分

節分。
年の節目ですね。

豆を撒きに。





思いとは裏腹に。
ドキンちゃんもご一緒することになり。


成田山で豆まきして、
グランパスの選手の豆まきを遠目に見学して
(本厄なのであやかりたいとこだけど、ドキンちゃん連れなので見学のみ。凄まじい人だったし!)

写真撮ったけどなーんも写ってない。



そこから、大須に移動。



ちょうど七福神さんの豆まきに遭遇!
その前にも自分の真横を通っていった七福神。
ドキンちゃんは、毘沙門天にまじでビビってフリーズ。
甲冑が怖い様子。

お姫様(弁天さん)になりたいけど
お母さんは?て聞かれた。

私はもちろん恵比寿さま。
めでたい!



ドキンちゃんも升貰ってまかせてもらいました。

が、

誰が豆を受け止めてくれたのかな、、、という程に、
パラパラと真下に落としてました。

始めてのやぐらの上からの豆まきだから、教えてあげたけど分からんかったみたいー。


リアル百聞は一見にしかず。


帰ってきてから恵方巻。




我が家は家族全員鬼やります。
皆で順番に出ていってほしい鬼退治。


それぞれ、駄目だしされたとこの鬼がいなくなってますように☆



もう、歳の数なんぞ、たべられませぬー。




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roots

今日は少し朝から気になることが有りましたのでこの場をお借りして私の思いを吐き出したいと思います。





私が造り創り、作る物の全てのルーツは自分の過ごしてきた家庭にあると思っています。

それは常に言ってきましたし、これからも変わりません。




おばあちゃんは編み物を楽しむ心を教えてくれました。
上手く出来ないときだって、言われた通りに針を進められないときだって、叱られたことはありませんし、目が飛んじゃったら、笑って

大丈夫。こうしやあまたやれる。

と、針を戻してくれました。
いつも待ってくれたので、私は私なりのペースで、編むことを楽しく覚えられました。それでもどうしても棒だけは苦手のままおばあちゃんはこの世を去ってしまいましたが、縁あって今は棒針を克服できる環境に置かせてもらっています。
その繋がりは、きっと、天国からおばあちゃんが繋げてくれたんではないかと、アホかとどうぞ思ってください。でも私は本気でそう思ってます。



おじいちゃんは堅実に仕事をする姿勢を教えてくれました。

毎日、おじいちゃんが必ず家族の誰よりも最後まで仕事をしていました。
日課の散歩と、コーヒーを飲んで煙草を吸いながらあられやピーナッツを食べる休憩の時間以外は真面目に一筋に働く姿しか思い出せません。
おじいちゃんとおばあちゃんのミシンが向かい合わせに置いてあり、その隙間に座るのが好きでした。そこに座って、今日あったことを話したり、歌を歌って過ごしてきました。
煩わしがられたことは1度もなく中学生になる頃も、そこに座るのが好きで、父や母には言えない事もポロリとこぼせる場所でした。
必ずおじいちゃんはミシンを踏んでいました。




父は、欲しいと言ったものは、まずは作ってみることを教えてくれました。

これについては、まだ子供だった頃は、なぜ我が家は欲しいおもちゃを買ってもらえず人とは違うものなのかと疑問を持たなかったわけでは有りませんが、
父なりの考えがあっことは子供が成長する度に感じますし、
この、自分で作ることをしてきた故に、自分が手にしてきたものが財産になっています。


母からは細かな仕事をすることを心底学びました。
母は和裁技能者です。

まだミシンを踏み始めた頃から誰よりも厳しく糸の始末や縫製の正確さを叩き込まれました。
厳しい言葉も沢山浴びましたが母はいつもバネにしろと最後にはあなたなら出来ると言ってくれました。
母の仕事は手前味噌を承知ですが、本当に素晴らしい職人の技です。
丁寧さは、未だにこの人を越えるものはないと思います。
実家や我が家にある着物のほとんどが母が仕立てたものですがとても綺麗で私の自慢です。
でもいつか、追い付きたいです。

まだ目標があって私は幸せだと思います。





私は当たり前のことですが家族に恥じない生き方をしていきたいと心底思いますし、
また、家族を今、自分が作っているわけですから子供たちにもそういった事を教えていきたいですし、
パートナーの家族にも正直で素直でありたいですし、大事にしたいと思っています。



ものを作る側で長くいますと
それはもういろいろなことがあります。

情報量が多すぎて要らない情報までも目や耳にします。



アウトプットの方が追い付かない時だってあります。

もういいやと、思いたい。と、思うことだってあります。



でも、これと決めた日から恥じるような事は何一つありません。

後悔や、未だに答えが出ないことはありますが、
ひとつの仕事が区切りがつく度に私はその仕事やコンテストの結果を仏前に報告にいきます。ここに導いてくれたことを感謝して、ありがとうが言いたいから言いに行くだけのことです。
なぜならば全てが家庭から、先人から始まっているからです。

私は私の信念でしか動いていません。


それだけでいいと思っています。




ものを作ることに精通する環境にいる皆様がどのような気持ちで、環境を過ごして経験を経てお仕事に取り組んでいらっしゃるかは分かりかねますが、
何か信念があり、それに従っているものにしか私は惹かれません。


私はまだ、発展途上ですし、最終地点にはたどり着いていませんが、ビジョンはしっかりとあります。
ただ、売れればいいと思いながらのもの作りをしていく気はこれっぽっちもありません。


私をつくるものは、私が生きてきた道にしかありません。


これまでもそうでしたが、
これからも私のもの作りには、確実にそれしか繁栄されていかないと思います。

以上です。