今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -67ページ目

今日という日【11月24日】

■ブレイディ法案可決

1993年11月24日。

この日、アメリカ合衆国議会で「銃法規制法案ブレイディ法案)」が可決された。
ブレイディ法」は、短銃などの販売に5日間の猶予期間を設けること、販売店に購入希望者の犯歴を警察へ照会することを義務付けている。法律名は「レーガン大統領暗殺未遂事件」において負傷した大統領補佐官の「ジェイムズ・ブレイディ」にちなんでいる。

銃販売店に対して購入者の身元の調査を規定し、有前科者や麻薬中毒者、精神病者や未成年者への販売を禁止。しかし「ブレイディ法」は銃販売店に対する規制にすぎず、携行、所持などについては州法の規制に頼った内容である。当法成立後、銃の所持率と殺人事件増加率は低下したが、それが果たして「ブレイディ法」の影響なのかどうかは、全米ライフル協会を中心に疑問の声が根強い。
他の連邦法としては、半自動小銃の販売を禁止する10年間の時限立法「アサルト・ウエポン規制法」が1994年に成立したが、2004年に更新されず、失効している。地方法としては、カリフォルニア州で、市民の自動小銃・機関銃保有を禁じた「ストックトン条例(軽機関銃による無差別乱射事件があった町の名に由来)」が知られている。

ブレイディ法」は、当初5年間の時限立法として、制定された。後に5年延長されたが、政権がブッシュ共和党政権に移行したことなどから(米国政治では、民主党が銃規制に積極的で、共和党が規制に消極的とみられている)、2004年に延長されず、失効となった。

今日という日【11月23日】

■Jリーグの日

1992年11月23日。

日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が1993年に制定。1992年のこの日にJリーグ初の公式戦ナビスコカップ決勝が東京の国立競技場で行われたことを記念して。

日本におけるサッカー競技はアマチュア主体の全国リーグである「日本サッカーリーグ(JSL)」がすでに存在していたが、当時は日本国内における競技自体の人気や選手の待遇がまだまだ低く、マスコミにもあまり大きく扱われる程の存在では無かった。そこで、当時の日本サッカー協会内ではその様な状況を打破しようと、「川渕 三郎」らが中心となって国立霞ヶ丘陸上競技場で開催する1989年2月26日のJSLの後期リーグ開幕戦を無料招待試合にするなどといった様々な試みを積極的に行っていたが、現状を変えるまでには至らなかった。
また、水面下では「森 健兒」らを中心とした第1次JSL活性化委員会が極秘裏に「スペシャルリーグ(サッカーのプロ化)構想」を進めていたが、協会内部では“JSLの活性化”では意見が一致していたものの、まだまだ“リーグのプロ化”に対しては親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チーム出身の役員達を中心に「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などの意見がJSLの評議委員会で大勢を占めていた事から森らの計画はほとんど進展しなかった。

ところが、1980年代後半にFIFAの第7代会長であった「ジョアン・アヴェランジェ」から当時のアジアとしても初開催となる「FIFAワールドカップ」の日本開催を日本サッカー協会へ打診されると、当時の第2次JSL活性化委員会が中心となって急激にプロリーグ構想が推進され、まもなく日本では初めてとなるプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグJリーグ)」発足が正式に決定し、1992年には前哨戦としてヤマザキナビスコ社がJリーグカップに特別協賛して「Jリーグヤマザキナビスコカップ」が開催された。
なお、この大会ではJSLからの移行、準備的な要素が考慮された事で一部のチーム名表記については「読売ヴェルディ」や「三菱浦和レッドダイヤモンズ」などの様に報道などでチーム表記に企業名を入れる事を暫定的に容認した。ただ、1993年以後はJリーグの方針に沿い企業名を原則排除している。

今日という日【11月22日】

■いい夫婦の日

1988年11月22日。

1985年に日本政府の経済対策会議にて、ゆとりの創造月間として11月が提唱されたことと、「11月22日いいふうふ」と読める語呂合わせにより、1988年に財団法人余暇開発センター(現:日本生産性本部)によって提唱された。

その後、1998年に「いい夫婦の日」をすすめる会(名誉会長:桂 文珍)を設立し普及を推進しており、1999年より、毎年「パートナー・オブ・ザ・イヤー」を有名人などから選出している。
2000年代に入り、一般にも認知されるようになり、11月22日に入籍する有名人なども増えている。