今日という日【4月12日】
■ゲッティンゲン宣言
1957年4月12日。
冷戦下での核開発が進められるなか、アメリカ合衆国は原爆より破壊力のある水爆の実験に成功。1954年には日本の漁船乗組員が被爆する第五福竜丸事件が起こり、翌1955年には原水爆禁止世界大会の開催、科学者によるラッセル・アインシュタイン宣言など、世界規模での反核運動が高まっており、この年は西ドイツが国家主権を回復し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟した年でもあった。
こうしたなか、1957年4月12日に、18人の核に関する研究を行う科学者たちが、西ドイツのゲッティンゲンにおいて、西独首相の「コンラート・アデナウアー」と当時の国衛大臣「フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス」に対して、核武装に反対することと、核保有にむけた一切の研究に関わらない声明を発表した。これが「ゲッティンゲン宣言」と称される。

1957年4月12日。
冷戦下での核開発が進められるなか、アメリカ合衆国は原爆より破壊力のある水爆の実験に成功。1954年には日本の漁船乗組員が被爆する第五福竜丸事件が起こり、翌1955年には原水爆禁止世界大会の開催、科学者によるラッセル・アインシュタイン宣言など、世界規模での反核運動が高まっており、この年は西ドイツが国家主権を回復し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟した年でもあった。
こうしたなか、1957年4月12日に、18人の核に関する研究を行う科学者たちが、西ドイツのゲッティンゲンにおいて、西独首相の「コンラート・アデナウアー」と当時の国衛大臣「フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス」に対して、核武装に反対することと、核保有にむけた一切の研究に関わらない声明を発表した。これが「ゲッティンゲン宣言」と称される。