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tk-preのブログ

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どうも。また時間が空きましたが、tk-preです。

突然ですが、
このブログを読んでくれている皆様。

「すごい!パソコンの音声データって、こうやって出来ているのか!!」
「アナログと、デジタルの考え方の違いがわかった!!」
「現在、音声データが売れないのであって、音楽が廃れたわけではない」


突然こう話されたら、どう思いますか?

子供が言ってきたら
「へぇーすごいねぇ!!(あたりまえだけど、、)」となりますし、

大人が言ってきたら、
 「今さら何を言っているのか?」「常識でしょう」「ネットで調べたら??」
  と思わないでしょうか?

それが、ある意味「あたりまえの反応」ですし、「当然」だと思います。

大人になると、「常識」「あたりまえ」という考え方が思考の中心になってきます。何故かといえば、「集団生活をする上で、統率を取るため」であると思います。

世の中の大半の人が、こうやって考えてくれなかったら、
それを大前提にしなければ、「それぞれの人が、同じ価値観を持てない」。
そうなると、「商売、経済、外交、政治、、。」
その他諸々、世の中が回らなくなる

その中で、本当に一部の人だけが
今まで得た情報を使って、もっと深い部分」に入っていきます。


ただ、子供の頃って、そうじゃなかったはずです。
そんな大勢なんて、いざしらず、

見るもの、聞くもの、触れるもの、、。
色んな物から、「気付き」「学び」を得ていたと思います。


大人になると「得る情報量が少なく、未来よりも今を重視する」ため、
一年が短い」と感じるのだと思います。



非常に説明がしにくい話題ですが、
私は最近、何から「気付く」「学ぶ」事が多くなってきました。

別に特別な事をしているわけではありません。

電車に乗っていて、周りの人を見た時、
アニメや、ゲームを見ていて、
音楽を聞いていて、
知り合いのライブへ行ってきて、
恩師の還暦祝いパーティーへ行ってきて、、。


しかし、それはもしかしたら、世の中的には「あたりまえ」なのかもしれませんし、取るにならない「気付き」かもしれません。
ネットで調べれば、出てくるかもしれません。

ただ「自分で気づく」という事に、すごい意味を感じています。

体が震えるほどの発見」というのは、
 大人になると、なかなかお目にかかれるものではなくなってきます。


子供の頃は、

「どうなってるんだろう?」「知らない所へ行ってみたいとか、「この人みたいになりたい!」
「大きくなったら、〇〇になる!!」など、未来を
「自転車で6時間かけて、山まで行って、川でちょっと遊んで帰ってくる」

と、大人になってから考えると、「無駄」とも思えるようなことを、
たくさんやっていなかったでしょうか?

それが大人になると、「あたりまえ」「常識」「やって意味があるの?」
で済ませる事が多くなります。

確かに、知っている事は多くなるので、「あたりまえ」は増えると思います。
確かに、経験が多くなるので、「やって意味があるの?」という頭にはなると思います。

ただ同時に、
自分の知らないことへの探求」をしなくなります。

子供は、「未来」を追いかけます(最近はそうでもないみたいですが、、)が、

大人になると、色々な面で「責任」が出てくるので、
「今を生きること」に、一生懸命になります。

これも、「あたりまえ」ですね。

つまり、「みんな」の「あたりまえ」の上に、
「現在の社会」は成り立っています。

ただそれは同時に、
「知りたがる」ということをしなくなってきます。


ただ、「知りたがること」をやめなかった人が、
次世代のあたりまえ」を作ってきました。


私の世代ですと、子供の頃に見ていた作品で、

「腕時計が通信機になっていて、司令室と話をしたり、マシンを呼んだり、
 装着者の体の状態が、司令室にモニターされて、、」

という、シーンがあるお話がありました。

当時は、あくまで「作り話の世界」でした、
でも、もうすぐ「あたりまえ」になりますね。


気づき」って、世の中にたくさん転がっていると思うんですよね。
別に、音楽やってるからって「音楽の中だけに気づきがあるわけではない」

そうやって、考えられると「生きていくのが楽しくなってきます

自分で仕事をしている人」の考え方の一つになってくれればと思って、
書いてみました。

まぁ、自分が忘れないようにするためでも、あるんですけどね(^^;


それでは、こんなメモ書きを残してしまいましたが、
おひさしぶりの tk-preでした。

更新がんばらないと、、。(^^;