前々から考えていた日記を書こうと、ついに行動をおこした。
25歳の今、毎日いろんなことを考えて、それを記事にしてみようと思った。
未来の自分が見て、思い出を振り返ったり、心境の変化を感じたりすることに、役に立つだろう。
とりあえず、自分の状況を記しておく。
ぼくは25歳、大学4年。
公立大学 医学部 医学科に一浪して入学した。
1年のときに教養の第二言語、中国語を2年連続で落とし、2留した。
うちの医学科は1年生で教養を1個でも落とすと進級できない。
結局、年齢と学年の関係は3浪相当だ。
留年。
これは僕の人生において初めてといっていいほどの大きなマイナスな出来事だった。
留年するまでのぼくは以下のようだ。
公立の中学に行き、学区1位の公立の高校に行った。ここまでたいした苦労もせず、ほぼ素質だけでうまくいっていた。
センスの塊だとチヤホヤされてきた。
高校に入り、内申点が大学進学に不必要と知ると、
束縛が嫌いなぼくは、勉強をしないで毎日友達と遊んでいた。
というのも、そんなぼくのような人は多数派であって、真面目に勉強していた人のほうが珍しかった。
少なくともぼくの視点では。
もともと勉強は嫌いだったから、宿題も入学時のもの以外、一度も出したことがなかった。
ストレスフリーな高校生活は、その代償として、人間としてのステータス的な成長をもたらさなかった。
たとえば学力や身体能力において。
少なくともエリート出身の医学生に囲まれている今ではそう感じている。
自分もあの3年間でもっとなにか真剣にできたんじゃないかって。
そして大学受験を3年のころからようやく意識して、10月ごろから高校の勉強を始めるが、間に合うわけもなく1浪した。
そして1年の時を経て、大学に入り、今にいたる。
入学した時は首席だった。つまり入学者の得点ランキング1位。
自信になった。
首席でなくとも、ぼくが医学部に入ること自体、かなりの出世であった。
都会の進学校のエリートなんかに、ぼくらみたいな田舎の公立高校の凡人が勝てるわけないと思われていた。
高校としても、そういった教育を施していないと考えていたんだと思う。
親にも先生にもたくさん反対され、信じる人も友達以外いない状況だった。
医学部合格は高校的にも珍しいことだった。
そこまではうまくいっていた。いや、
もしくは、出願大学を1ランク下げた時点で負の連鎖は始まっていたのかもしれない。
その後、ぼくは2留したことで、自信やプライドを捨てることを余儀なくされた。
人間関係に関しては、強すぎる自尊心は摩擦を呼ぶから、その点では捨てれてよかったと思っている。
しかし、ある程度の「こいつはすごいやつだ」というものは必要だ。
なぜなら、かっこ悪いやつと好んで仲良くする人なんかいないだろう。
新しく人と出会う度に、ぼくはその点で自信がないので前に出て行けない。
知り合う人たち、友達になろうとしてくれる人たち、
みな温かく接してくれるが、ぼくの心からは負い目が消えない。
自分の過ちなのだから、前に出たいとは思っていない。
しかし、知り合って友達になろうとしてくれた人たちに、悪いなと思う。
なぜなら
その人たちに何の罪もないのに、知り合ったやつ(ぼく)はダサいやつで、そいつと付き合えば、その人たちも少しダサくなってしまう。
引きこもっていたいが、そうもいかず、いやおうなしに知り合いは増えていく。
それ以外の要因もあるのだろうが、
留年によって不可逆に低下してしまった商品価値 (と、自分では考えている)
のために、人付き合いがうまくできないし、当然彼女もできようがない。
前置きが長くなったが、このことが最近の一番の悩み。
自信をもって人付き合いができない。
そんな悩ましい毎日を記していこうと思う。