盲牌が出来る、出来ないと麻雀の実力は全く関係がない。
盲牌が出来るとカッコいいとか、打ち慣れている風に見えるとか、そういう見栄えの要素はあるかもしれないが、出来なくても困る事は基本的にはない。
出来るならやればいいし、出来ないならやらなければいい。
無理してやる必要など何処にもありはしない。
先日、フリーでとある同卓者がツモってきてから盲牌を始めて、じっくり指でなぞってから、なんと最終的に目で確認して手配に入れたりツモ切ったりしていた。
それだけ盲牌にじっくり時間をかけて、結局は目で確認するならなんで盲牌する必要があるのか。
というか盲牌出来てないじゃないか。
一体そのじっくりやって最終的に目視するまでの時間は何待ちなのか。
なんでそんな無駄な時間に他家の我々が付き合わなければならないのか…。
そもそもツモる動作と盲牌は同時にやるものなのではないのか。
何故一旦ツモってきてからグリグリとなぞり、そして目視するのか。
その時間を省くだけで相当スムーズに対局が進むはずなのだが、無駄な盲牌タイムに時間が奪われていく。
リーチしてからのツモも全部それなので、あがり牌を持ってきたのかそうじゃないのかがわかるまでにも時間がかかり過ぎる。
抜きドラの時もそのじっくり盲牌タイムが入るので、体感5分は待っていると言っても過言ではない。
出来ないならやらないでくれと心の中で念じ続けていたが、当然届くはずもない。
そっとラス半コールをかけて、卓を離れる以外に選択肢はないのだ…。