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金ちゃんのブログ

人生、政治、教育、等々、日々の暮らしの中で感じた事を、綴っています。

阪神淡路大震災が起きた1995年、オイラは29歳です。

 

その年は、日本青年会議所に出向をしていました。

 

委員会メンバーの中に、震災に会われた方がいて、心配したことを覚えています。

 

 

 

起きたのが1月17日、青年会議所でボランティア参加の声掛けがありましたが、年度末工事期間のために、参加できませんでした。

 

「見たことはないけど、終戦後の日本の写真と同じだった」、ボランティアに参加したI先輩が言っていました。

 

今考えると、4月以降に行くことは出来たのではないか、と思います。

 

 

 

「東北で、大きな地震があったみたいですね」、納入業者から聞きました。

 

東日本大震災が起きた時、オイラはスーパーの惣菜で働いていました。

 

夜、ニュースを見て、その被害の大きさに驚きました。

 

 

 

息子が小学校に入学した年です。

 

母ちゃんの容態も、芳しくありませんでした(この年の9月に死去)。

 

ボランティアに参加するなんて、みじんも考えていませんでした。

 

 

 

4月14日、夜中にスマホの地震警報が鳴り響きました。

 

熊本を中心として地震があったと知りました。

 

夜だったので、状況は分かりませんでした。

 

 

 

それから日を追うごとに、被害が拡大しています。

 

揺れも収まりません。

 

時間を追って死者の数と行方不明者が増えていました。

 

 

 

仕事をしていない今なら、ボランティアに行けるのではないだろうか?

 

ふと、考えました。

 

でも、2度の大手術をしているオイラが、現地で具合が悪くなるとかえって迷惑になります。

 

 

 

ボランティアさえできないのか、ちょっと後ろ向きに考えてしまいました。

 

ボランティアより仕事を見つけなきゃ、心の片隅で、つぶやきが聞こえます。

 

オイラに出来ること、を見つけるしかないようです。

 

 

 

現地に行き、被災者の話を聞くことぐらいなら、オイラにも出来そうです。

 

でもそれは、まだまだ先の事でしょう。

 

テレビで見る限りは、自衛隊や消防、そして警察の専門家でないと、とても手が付けられる状況ではないようです。

 

 

 

今はまだ、一刻も早く行方不明者が発見されることを、祈るしかありません。

 

そして、オイラができる支援の道を、探します。

 

必ず何か、あるはずです。

 

 

 

ご安全に!