この前に木曜日(日本時間金曜日未明)の木曜日は、金融市場はちょっとしたパニックでしたね。


ギリシャ問題など、ナーバスな問題がある中での誤発注が引き金となって、自動取引システムが連鎖的に売りを出して、値が暴落したとのこと。


この時間は寝てたんで、次の日の朝びっくりしましたよ。




TK&Partnersの考え~本と金融・ヒトと経済~-NY市場での誤発注の影響










これは、USD/JPYのチャートですが、もう目盛の単位が85銭刻みになるくらい一気に下落しています。

逆指値入れる前にこんなのに巻き込まれたら、自動ロスカットは必至ですね叫び


まぁ、そんなわけで、最近のマーケットのもっぱらの関心事はギリシャに限らずソブリンリスクなわけですが、海外の投資家の一部は「日本はいつデフォルトするのか?」に興味津々のようです。


今のところ、ゆうちょマネーとかで国債を買い支えているからいいですけど、放漫財政を続けていると、そのうち海外のヘッジファンドあたりから国債の空売り仕掛けられたり、CDS取引が盛んになったりしかねないですよ。


そういった外部要因を考えると、そろそろやばいんじゃないでしょうか、日本も。


久しぶりのブログ更新です。


最近は、twitterやらFacebookやらと、いろんなコミュニティツールに手を出して、ブログの存在を忘れてましたw


最近、新規事業の準備で忙しい(?)私ですが、Facebookにファイル共有機能が付くとの事で、ちょっと楽しみです。

世はまさしくクラウドコンピューティング時代ですな。


さて、今日のお題は龍馬伝です。



最近の楽しみといえば、ラーメン二郎に行くことと、毎週日曜日にNHKで放送される龍馬伝だけという私ですが、坂本龍馬と武市半平太の違いについてちょっと考えてみました。


私は歴史に詳しくなく不勉強なもので、武市半平太という人はドラマを見て初めて知ったのですが、ドラマを見ているととても偉大な人なのだな、と感じます。


武市半平太は、土佐藩の下士の出でありながら、土佐勤皇党を立上げ、朝廷や幕府を動かすまでに至った策士であります。


一方、坂本龍馬は歴史が苦手な私でも、名前くらいは知っている有名な志士です。


さて、ドラマを見る限り両者ともかなり優秀な志士でありますが、なぜ坂本龍馬はよく知られる人物であり、武市半平太はあまり一般的に知られている人物ではないのでしょうか?


「知らなかったのはお前だけだよ(笑)」といわれてしまってはそれまでなのですが、ここでは多くの人が知らなかったという前提でお話を進めますw


結論としては、後世への影響力の違いだと思うのですが、その差は①大局的視点を持っているか、近視眼的か、②広い視野か狭い視野か、だと思います。


龍馬は欧米諸国の文化が進んでいることを素直に認めつつ、日本が今後、大国と対等に渡り歩くための方法を模索し続けたからこそ、後世へ語り継がれる大仕事を成し遂げたのだと思います。


武市半平太は、優秀であることは疑いようがないことですが、徳川時代260年の常識に起因するイデオロギーにとわわれすぎていました。


決して武市半平太が駄目なわけではなく、坂本龍馬が特異だったのだと思います。


私たちもイデオロギーにとらわれすぎず、常識を疑ってみる、新しいことをとりあえずは受け入れて当否を検討してみる姿勢は重要ですよね。


例えば、中国。よく「中国が世界第二位の経済大国になるなんて認めたくない」なんて声をよく聞きますが、それは紛れも無い事実で、それが現実です。


日本はもはや世界に影響力のある国ではないのです。


それが悔しかったら、そんなことをボヤかず、中国やそのほかの国々の考えや行動を素直に受け入れ、学べるところは学び、よく考えた上で捨てるべき考えや方法は捨てるべきです。


心と視野は広く持つべきでしょう。



こんばんは、TK&Partnersです。


最近、仕事でお客様への提案書を作っていてつくづく感じることがあります。


「やっぱ、データだけ見てるんじゃ、分からないことが多いよなぁ」と。


私の仕事は出版関係なので、返品率やら「~率」といった指標が多く存在するのですが、指標だけを見ると、どうも一貫性のある原因が見当たらない。


そこで、すでにあるデータを使って自分で新たな指標を作り、検討する。


ただ、その「新たな指標を作り、検討する」ためには、やはり関係者のお話をじっくり聞く必要があります。その生の声を聞くことによって現象の原因の見当が付き、それを裏付けるためのデータを抽出できる。


数字だけを見て判断するのは、今の複雑な世の中では難しいでしょう。


そもそも我々は人間であって、ロボットではありません。起きた現象に対しての反応は計算より感情によるところが多いことは想像に難くないでしょう。


我々は数字上の合理性で動いているのではなく、恐れ・喜び・悲しみといった感情や、間が抜けた計算で物事を判断していることのほうが多いのではないでしょうか?


投資の世界でも、VIX指数がよく注目されるように、人々の感情が合理的な(と考えられている)市場に大きな影響を与えることは、今やだれでも知っていることです。


会社の価値もDCF法(ディスカウント・キャッシュフロー・メソッド)などの方法で理論的な数値を出すことができます(ただ、将来キャッシュフローの予測をどうするかで大分結果は変わりますが・・)。

それにも関わらず、株式市場では相場のボラティリティを計る意味でテクニカル指標に注目が集まったりします。


よく相場では「過熱気味」だとか「パニック」といった表現が使われますが、それも人間の感情が根底にあっての話です。

一方で、「市場はすべての材料を織り込んでいるので、正しい」なんていわれます。


はっきり言えば、市場で起きている事実は現実であり、正しいわけではありません。全知全能の神様ではない人間が取引しているのですから、絶対的な「正しい」値段なんて付けられるわけがありません。


ただ、勘違いしないでほしいことは、理論を蔑ろにしていいわけではない、ということです。

理論は考える上でのベースとなるもので、そもそも自分の判断が誤っているのかを知るためにも、理論はキッチリ抑えなければなりませんし、自分の皮膚感覚を確かめるためにも理論的な知識は必要です。


駄目なことは「数字はこうであるから、絶対こうだ」といった決め付けです。相場にしても、仕事にしても決め付けは痛い目に遭うことが多いです。それに、そんな態度では何も学べません。


世の中、分からないことだらけなのですから、自分が絶対正しいなんて思ってはいけません(一見矛盾するようですが、このことは確信持っていえますし、この命題が否定されても、実は矛盾にはならないのだな、論理的に)。


この考えはちょっと生きることを難しくしているようですが、でも希望に溢れるものだと思います。


そう、私たちはそもそも自分のことですら全て把握しているわけではなく、私たちには無限の可能性があるのですから。