
刈屋畑の戦いの祠真・能登さん
こんにちは、よっこん日記のよっこんです。
今回は、松山市古三津の周辺で「伊予の関ヶ原」と呼ばれる刈屋畑の戦いで亡くなった人の霊を祀る祠(ほこら)、「能登さん」を紹介します。
あれっ?同じ内容のブログを前回読んだぞ、という方へ。
その通りです。前回の「探検記録(104)」で紹介した「能登さんの祠」は違っていたのです。
「能登さんの祠」と勘違いしたお社を紹介した前回のブログ。↓↓↓
そのため、今回あらためて、「真・能登さんの祠」を紹介します。
刈屋畑の戦い
〔刈屋畑の戦い〕~~~~~~~~~~~~~~~~~
1600年(慶長5年)9月、古三津刈屋畑(刈屋口ともいう)の地にて河野・毛利・村上水軍連合が、河野家の再興を願って起こした、徳川家康方の加藤嘉明軍との戦い。加藤軍の勝利となったが、伊予の関ヶ原合戦といわれる、し烈な戦いでした。
古三津一丁目、二丁目あたり(刈屋畑)には、戦いで亡くなった人の霊を祀る塚・祠・屋敷神様がたくさんあります。
村上さん、能登さん、阿部さん・橋本さん、若宮さん、能島さん
長袖さん、曽根さん、加藤さん、沖の明神(南条)
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(宮前文化遺跡を守る会)
伊予の関ヶ原(刈屋畑の戦い)を紹介した過去ブログ。↓↓↓
刈屋畑の戦いの霊を祀る塚・祠
①村上大明神 ②阿部さん・橋本さん
③若宮様 ④能島さん
⑤長袖さん ⑥曽根さん
⑦加藤さん ⑧沖の明神(南条)
宮前文化遺跡案内図
あらためて、宮前公民館前の宮前文化遺跡案内図を確認しました。
宮前公民館 (愛媛県松山市古三津1丁目26−48)
すると、「能登さん」の祠は、三津嚴島神社の境内にあるように見えます。
三津嚴島神社
愛媛県松山市神田町1−7
能登さんに関する新情報!!
「宮前文化遺跡を守る会」が作成しているネットページで「能登さん」の祠を紹介している写真をたまたま見つけました。
(「宮前文化遺跡を守る会」ページより)
これはっ!?
以前、三津嚴島神社を訪れた際に、撮影していた祠ではないですか。
三津嚴島神社を紹介した過去ブログ。↓↓↓
能登さんの祠
以前撮影した、三津嚴島神社の境内にある複数の祠です。供養塔の一部がくずれていますが、ほぼ一致しています。
これが能登さんの祠だったのですね。
(2025.11.07 よっこん撮影)
しかし、説明板の文字が、紹介写真のものと違って見えます。
どうやら、もともとの説明板を白く塗り、文字を上書きしたようです。
塗料がはげてきて、もとの文字の一部が見えます。
なぜ、このような上書きをしたのかは不明ですが、これによって何の祠なのかを誤解していました。
〔能登さんの祠〕~~~~~~~~~~~~~~~~~
兵庫県の地方城主、毛利軍の能登但馬守(のと たじまのかみ)の祠である。
同じく刈屋畑の合戦で戦死した、一族郎党の霊も祀られている。
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(宮前文化遺跡を守る会)
○能登さんの祠の場所
(三津嚴島神社に掲示の略図より)
さて今回は、「伊予の関ヶ原」と呼ばれる刈屋畑の戦いで亡くなった毛利軍の武将。能登但馬守の霊を祀った祠、「能登さん」を紹介しました。兵庫県の地方城主であり、はるばる伊予の三津浜まで合戦に来て、志半ばで亡くなってしまった霊を、400年以上にわたってお祀りしていることから、地域の人々の優しさを感じます。
前回のブログで、能登さんの祠として紹介したものは間違いでしたので、ブログ内容を訂正しておきます。
説明板の文字の上書きが誤解の原因でした。それにしても今回、「真・能登さんの祠」が分かって良かったです。
それでは、良い一日を。
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