学び2020 -3ページ目

なにもない自分

英会話のレッスンを始めてる
たくさん本を読んで
色んな視点を持って


何か別の何かになれたような
そんな気がして


能書きばかり垂れて


けど


何もできてないし、
なんもない


わたしには何もない


実力も根性も


このままでダメだと
以前の自分は言ってた


そして、必死で頑張ってた


けど、今の自分は 
それで良いと言う


もう、そのままでいいよと言う


何もできない自分で
何もしない自分で


それでも
何かを掴みたいのか
何かをしたいのか


何かをしながら生きてるから


けど、
人を判断するのはやめようと思う


ただ、したいのは
その人の尊重でしかなくて


自分にできることが
生きることなら


ただ生きる


何もない自分を受け入れながら
生きるだけだと思う


虚しくなりそうになる時もあるけど


わたしに今できることは
今日一日をただ生きること

新しいことが怖い

夫の東京転勤を機に
虎ノ門病院へ転院になった。

先生もみんな新しい

虎ノ門はすごく不便だった。
itシステムもそれなりに整ってはいるけど
やはり説明のための人の方が多い

名古屋日赤は、itシステムがしっかりしていて
わかりやすく、ボランティアの人も常駐してる


休めるカフェスペースや、飲食店
コンビニも名古屋の方が何倍も充実していて

東京だからもっと充実しているのではないかという
期待はことごとく裏切られた。

しょぼい
しょぼすぎる、全てが

唯一先生のカルテに書き込む
タイピングの速さは名古屋より優っていた。

新しいことをするのが怖い
経験により、知識があるから

知らないということは
無知であることいことは
幸せなこともある


次はまた1週間後に通院になった。
行きなくない…。
名古屋ならばカフェスペースでくつろげる
という別目的にもなったのだけど

苦痛が増えた。
虎ノ門の周りも、なんもないしね、

新しいことが怖い

父親が悪性リンパ腫になった

前例のない今の時代をいかに生きようか

日々考える。批判に目を向けると心が曇る、
誰かを否定することで、
自分を肯定したくはない。

身動きが取りづらい日常にいかに

心を自由にできるか、
こんな中でも楽しめるか。
こんな中だからこそ楽しめるか。
さらに自分を見つめる

いつか死ぬのだからこそ

父親が悪性リンパ腫になった
症例が少ない治療法もほとんど
確立されてないのだと思う

自分の死や周りの人の死を考える

自分がいつか来るその時まで
いかに生きていきたいかを見つめる

全て大切な人のにもいつか来る
その日のために
私自身が何ができるのだろうか
何をしたいのだろうか

時代に悔しさを覚える

自分がブログをスタートした2008年はまだ

ブログなんて書く人は少なかった

ネットなんちゃらなんてなかったし

スマホだってもっている人の方が少ない

 

圧倒的にPCを見る人の方が多く

自分のしていることや

自分が経験していくことが真新しくて

とても気分が良かった

 

今は、完全に月日がたち

自分の学びが追い付いていかなくなっている

やってみてもやってみても

自分が冬眠していた時代が取り戻せない。

 

自分が新しいものを学ぶことから逃げていたことを

とても悔やまれる

悔しくて悔しくていかたない

 

もっと学びたい吸収したい

そんなことを思う

 

 

叫び

名古屋にいる時からずっと
心の中で叫び声がする

あーーーー!!!!
と大きな声で叫びたい


自分の中に溜め込んでるものが
その叫びの中にあるのだと思う


それが何なのかをずっとずっと探ってる


素晴らしい言葉と出会うたび
素敵な話を聞くたびに
面白いものを見つけるたびに


その都度


私は何かを叫びたがってる

体の調子

ここ数日間 

体の調子が良くない

食欲もあまりなく

日々やる気がなくボーとしている

 

これが脳腫瘍の後遺症なのだけど

今までそれでも乗り越えてきたから

誰かに理解してもらおうとはしてないけど

 

 

自分の近くにいる人には理解してもらいたいけど

自分で話してもだめだと思うから

きっと病院の先生は旦那さんを連れてきてくださいといったのだと思う

 

話をきいてもらえばよかった

 

どんな自分を受け入れていけばいいのかわからないときがある

どんな自分を俯瞰してみればいいのかわからないときがある

 

そんな時メンターみたいな人が

必要なのかもしれない

旦那と過ごした4日間

大切にされない前提で
旦那と過ごした。


めちゃ大切にされた。


想像以上に大切にされた。


本当に自分で決めていたことだけなんだけど
自分で決め込んでいる世界ってすごいなと


自分が見たい世界が
自分を作っている


あとは、曖昧ながらも自分の気持ちと向き合う


ただそれだけ

覚悟の日

明日から旦那の元へ1人旅立つ


久々子どもたちと離れ離れになる


色々考えるところがある


本音は、大切にされないだろうから
そうなる前に自分で逃げ道を探したい


ということ


今はこんな気持ち


明日はどうなるのだろう

諸行無常

年齢を重ねるほど
移りゆくものの変化を
受け入れなくてはいけない時がある


30代前半まではまだまだ体力も
綺麗さもあってノリに乗ってたと思う


40代に近づくにつれ
老いと、それなりの過ぎ去りしものを
受け入れなくてはいけない時期に来ているのだと思う


あとは、それの繰り返しなのかもしれない


けど、時代や、自然は
変わっていくのが自然で
変わらないものと安定を求めようとすることこそ
不自然である


その不自然さを安定とするならば
私は不自然なままでいることを
どこかで望んでいるのかもしれない
それが心の中でわかってるから、無理が生じて
不快になってくるのだと思う


過去
振り返ると
過去の素晴らしいことを思い出し
もう一度そこへ戻ることができるのではないかと
錯覚してしまう


けど、
きっと同じようには戻れなくても
違う形の素晴らしいものには出会えるのかもしれない


それが経験を積んだ自分への
ご褒美でもあるかもしれないし
過去のお陰でその素晴らしさに
気づけるのかもしれない


変化を自然と受け入れる
少し怖いと感じたり
苦痛と感じる


それも自然だから




通院をしなくては

難病検査のためまた名古屋に行かなくてはならない・・・。

紹介状だけ書いてもらおうと思っていたけど

ダメだった。

 

東京の感染者数の報道を本当にやめてほしい。

人はただでさえ安心を求めて生きていく生き物

けど、安心や安定なんて本当は存在しない

 

それは予知能力があるわけでもない私たちのなのだから

当たり前でしかない

 

無理なのだ、

明日死ぬかもしれないリスクはみな背負っている

 

人間と一緒でウイルスも生きている

進化している

収束などまずしない。

 

いかに共存していくかしかない

そして

どんなに健康体でも明日土砂崩れに巻き込まれたり

交通事故にあったりする可能性だってある

 

生命を守ることは、

明るい生活を捨てることではない

 

心を病むような生活をすることではない

 

共存をしながら

よりよく生きる道を探り

それでもだめだったときは受け入れるしかない

 

それが難病を抱えている私の生き方でもある。

いつ死ぬかなんてわからないからこそ

 

今日一日を大切に生きる

自分の人生を愛することを学ぶ

そのための生活を私はしている。