なにもない自分
英会話のレッスンを始めてる
たくさん本を読んで
色んな視点を持って
何か別の何かになれたような
そんな気がして
能書きばかり垂れて
けど
何もできてないし、
なんもない
わたしには何もない
実力も根性も
このままでダメだと
以前の自分は言ってた
そして、必死で頑張ってた
けど、今の自分は
それで良いと言う
もう、そのままでいいよと言う
何もできない自分で
何もしない自分で
それでも
何かを掴みたいのか
何かをしたいのか
何かをしながら生きてるから
けど、
人を判断するのはやめようと思う
ただ、したいのは
その人の尊重でしかなくて
自分にできることが
生きることなら
ただ生きる
何もない自分を受け入れながら
生きるだけだと思う
虚しくなりそうになる時もあるけど
わたしに今できることは
今日一日をただ生きること
新しいことが怖い
夫の東京転勤を機に
虎ノ門病院へ転院になった。
先生もみんな新しい
虎ノ門はすごく不便だった。
itシステムもそれなりに整ってはいるけど
やはり説明のための人の方が多い
名古屋日赤は、itシステムがしっかりしていて
わかりやすく、ボランティアの人も常駐してる
休めるカフェスペースや、飲食店
コンビニも名古屋の方が何倍も充実していて
東京だからもっと充実しているのではないかという
期待はことごとく裏切られた。
しょぼい
しょぼすぎる、全てが
唯一先生のカルテに書き込む
タイピングの速さは名古屋より優っていた。
新しいことをするのが怖い
経験により、知識があるから
知らないということは
無知であることいことは
幸せなこともある
次はまた1週間後に通院になった。
行きなくない…。
名古屋ならばカフェスペースでくつろげる
という別目的にもなったのだけど
苦痛が増えた。
虎ノ門の周りも、なんもないしね、
新しいことが怖い
父親が悪性リンパ腫になった
前例のない今の時代をいかに生きようか
日々考える。批判に目を向けると心が曇る、
誰かを否定することで、
自分を肯定したくはない。
身動きが取りづらい日常にいかに
心を自由にできるか、
こんな中でも楽しめるか。
こんな中だからこそ楽しめるか。
さらに自分を見つめる
いつか死ぬのだからこそ
父親が悪性リンパ腫になった
症例が少ない治療法もほとんど
確立されてないのだと思う
自分の死や周りの人の死を考える
自分がいつか来るその時まで
いかに生きていきたいかを見つめる
全て大切な人のにもいつか来る
その日のために
私自身が何ができるのだろうか
何をしたいのだろうか
時代に悔しさを覚える
自分がブログをスタートした2008年はまだ
ブログなんて書く人は少なかった
ネットなんちゃらなんてなかったし
スマホだってもっている人の方が少ない
圧倒的にPCを見る人の方が多く
自分のしていることや
自分が経験していくことが真新しくて
とても気分が良かった
今は、完全に月日がたち
自分の学びが追い付いていかなくなっている
やってみてもやってみても
自分が冬眠していた時代が取り戻せない。
自分が新しいものを学ぶことから逃げていたことを
とても悔やまれる
悔しくて悔しくていかたない
もっと学びたい吸収したい
そんなことを思う
叫び
名古屋にいる時からずっと
心の中で叫び声がする
あーーーー!!!!
と大きな声で叫びたい
自分の中に溜め込んで るものが
その叫びの中にあるのだと思う
それが何なのかをずっとずっと探ってる
素晴らしい言葉と出会うたび
素敵な話を聞くたびに
面白いものを見つけるたびに
その都度
私は何かを叫びたがってる
体の調子
ここ数日間
体の調子が良くない
食欲もあまりなく
日々やる気がなくボーとしている
これが脳腫瘍の後遺症なのだけど
今までそれでも乗り越えてきたから
誰かに理解してもらおうとはしてないけど
自分の近くにいる人には理解してもらいたいけど
自分で話してもだめだと思うから
きっと病院の先生は旦那さんを連れてきてくださいといったのだと思う
話をきいてもらえばよかった
どんな自分を受け入れていけばいいのかわからないときがある
どんな自分を俯瞰してみればいいのかわからないときがある
そんな時メンターみたいな人が
必要なのかもしれない
旦那と過ごした4日間
大切にされない前提で
旦那と過ごした。
めちゃ大切にされた。
想像以上に大切にされた。
本当に自分で決めていたことだけなんだけど
自分で決め込んでいる世界ってすごいなと
自分が見たい世界が
自分を作っている
あとは、曖昧ながらも自分の気持ちと向き合う
ただそれだけ