初めまして!けい(1)です!!
りょうたろう(1)に続いて4人目の自己紹介ブログです!
いろいろ書く前に少し余談を。
ブログ書く日というのが事前に決められていたのですが、
私の番が今日であることを完全に忘れてまして...
ふと確認したら今日でびっくり!只今、時刻21時31分。
殴り書きをするかのようにブログを書いていこうと思います!!
学院:情報理工学院
出身高校:小田原高校
S1:平泳ぎ
同期のブログをチラチラ見ながら、とりあえず私も水泳歴から語ることにします。
私は幼稚園の年中くらいからスイミングスクールに通い始めました。
私が水泳を始めたきっかけを両親に聞いてみたところ、実は自分から能動的にって感じではあまりなかったらしく...
通わせ始めた理由として、父親は「海で家族全員で遊んだりできるように、子供たちに海で泳いだり潜ったりできるようになってほしい!」と思ったからだそうで、母親は、「私の兄(二個上)の泳ぐ姿を見て、すごく泳ぎたがってたから通わせ始めたのもあるけど、日本って島国だから、全く泳げないっていうのもなんかね」と言っていました。
水泳は日本で生きる人間としての生存戦略でもあったようです。
さてさて、少し話が脱線しますが、こんなことを両親に期待された私が現在どうなっているかといいますと、只今絶賛肺気胸を患っております!大変喜ばしくない!!!!
6日前に突然左の肺に激痛が走り、4日間の自宅療養を経て今に至ります。
人生で初めてなったのですが、簡単に言えば肺に穴が開く病気です。怖いですよね。でも大丈夫。私のものはだいぶ軽傷で、安静にしてれば自然に治るみたいなのでご安心を。
ただ、1つ問題があって、それは肺気胸の既往歴があるとダイビングのライセンスが取れなくなるということ。
今回肺気胸になったことで、両親とダイビングで潜りに行く!なんてことができなくなりました。
ちなみに私の兄も既往歴があるので、「子供と海で泳げるように水泳やらせたのに、その子供が二人そろってダイビングできなくなる」というオチ。
もはや一種の親不孝かもしれません。なんかごめん。
話を戻しまして、そこから、小学校1年生の10月にクラブチームの選手コースに移り、そこから週6、1日2時間泳ぐ生活がスタートしました。今思うと、小学生のときの自分は結構頑張ってたと思います。今の自分よりもずっと。
小学校で6時間の日とか、放課後ほとんど遊べない状態だったので、良くも悪くも私の人生を大きく変えたものだなぁとしみじみ感じることがあります。お疲れ様、過去の自分。
とまぁこんな感じの生活を、小学校1年生引退する高3の夏までずっと続けてきたわけですが、実績のほうはというとびっくりするくらい今と昔では変化しています。
まず小学校時代。小2で東スイ 2冠。小5でJO 5位。最初にして最高戦績と言わんばかり。中学生では関東出場止まり、高校では最高で県8位。まさに今は小学校で燃えて残った燃えカスのようです。
こんな人生を歩んでいると、いくつか弊害も出てきます。
そのうちの1つは、水泳以外の運動能力が著しく低くなること。
水泳以外のスポーツ(球技は特に)が苦手なのもそうですが、体力テストなんかでよく成果(?)が現れますね。
例えば、中2のときの50m走は9.1秒でした。点数は驚異の2点。ちなみに、この時の20mシャトルランは87回(6点)でした。どっちも走ってるのに。
ちなみに、長座体前屈と上体起こし、反復横飛びは10点でしたね。水泳で必要な能力だけは高く出るのでしょう(適当)。
もう一つ問題なのは握力です。中2で19kg、中3で23kg、高3では29kg。
高3まで体力テスト受けてきましたが、その中で左右の握力の足し算が自分の体重を上回った試しは一度もありません。これは、摩擦のない理想的な鉄棒では1秒もぶら下がれないことを意味します。我ながら恐るべし。


↑偏りすぎている体力テストの結果の図
でも、もう大丈夫。
大学の水泳部では競泳だけでなく、水球もやるらしく、科学大の水泳部に入部して初めて知ったのですが、なんと片手キャッチ・シュートが大前提!!両手を使うと反則になるそうです。
競泳以外なんの習い事もしてこなかった私にとって水球は当然のように人生初挑戦!!
これは握力の強化が多少なりとも見込めそうですな。めでたしめでたし。(あれ、でもこれもしかして右手だけしか進化しないやつ?)
それでは!そろそろこの辺で締めたいと思います。次回はけんたろう(1)です!!
これから水泳部で練習頑張りま...
あ、肺気胸であと2週間くらいは運動できないんだった。OMG