こんにちは  みにーです!!


たくさんのブログの中から選んでくださりありがとうございます!!



私は、臨月での死産を経験し、喪失感と、絶望感で日とても辛い日々を過ごしてました。日が経つにつれて段々と落ち着いてきて、前を向く様になってきました。
私が体験、経験した事、それを通して学んだ事を綴っています。



今日で6回目です。


赤ちゃんが出てきて一日だけですが、一緒に過ごしました。


母親らしいことは出来ずに…
ミルクもおっぱいもあげれてない…
オムツも替えてあげれなかった…


唯一出来た事は、抱きしめるとこだけ…
それだけ…

たったそれだけ…




この日
母と義母共に仕事を休んでくれました。
一緒に居てくれるだけでありがたかった。
とても心強かったよ。ありがとう。




今日はサヨナラの日…
家族と過ごす最後の日です…




日本では、亡くなった方を火葬して納骨する文化がある。そのため、私が死産での出産をした後、旦那さんは行政へ行ったり、葬儀屋さんに連絡したりと必要な手続きをしてくれた。



死産は、自分達で火葬場に連れて行くか、葬儀屋さんに全てを任せるかのどちらかを選択しないとけないみたい…



赤ちゃんを葬儀屋さんに預けると、家族は一緒に付いて行く事は出来ず、お骨となって帰ってくるのを待つだけ。しかも、一旦葬儀屋さんで安置される。また、地域によっては友引の日は火葬場を稼働させてない所もあるので、そんな日は、一日葬儀屋さんで安置。

小さな赤ちゃんなのに一人で…
待たなければならない。

それはあまりにもかわいそうなので、私たちは家族で見送る事にしました。


看護師さんに、私も火葬場に行きたいと伝えたので、外出出来るように段取りしてくれました。
急に立ったらダメだから歩行練習とか、この二日間お風呂に入ってなかったので、清拭をしてくれたり、点滴とかいろいろ体に付いていたものをとってくれたりと。あと、骨盤ベルトの巻き方も教えてもらった。貧血でフラフラだったのでかなり心配されたけど、“行かない”選択肢は無かった。




昼前に葬儀屋さんが来られる。
産院なので、葬儀屋さんと分からない装いで。棺は大人サイズに比べてとても小さいので、大き目のお菓子のダンボールに入れて分からないようにして。

説明等は旦那さんや母達が聞いてくれた。
お金等のやり取りは部屋の外で葬儀屋さんと旦那さんの2人で。
その時に、葬儀屋さんでの安置の仕方を確認しながら話をしたよう。(先にも書いた内容の事)

それは赤ちゃんかわいそう
て葬儀屋さんに言ったみたい。

嫌味とかじゃなく、もっと家族の想いを尊重してほしいなという思いと、最後まで大切に扱って欲しいなという思いを込めて。



確かにこの世に存在して精一杯生きてきた方達には、最後のお見送りまで丁寧だよね…
死産になると、アレなんかな?
葬儀をしないから、費用が入らない。
だから扱いが…
私の勝手な見解だから違うかもしれないけど。

お腹の中では一生懸命に生きてきたんだから、最後まで丁寧にしてあげてと思うけどね。
棺と骨壺だけだけど、結構な金額だと思った。
4万弱だったかな。
しかも、大人の棺は内装でレースが付いてたり、綺麗な生地で装飾してあったりだけど、小さい子の棺は質素なんだね。簡易な箱なんだ…て思ったよ。
こんなところで愚痴を言っても仕方ないけどね…なんかむなしい気持ちになった事は本当の事。もっと子どもらしい可愛い棺があればいいのになて思ったよ。
今後、そういう業者が出てきてくれればいいな。




準備が整い、産院を出てまずは自宅に戻った。

お腹の中から見ていた景色。

家族3人で過ごすはずの場所。


静かな帰宅だった。


旦那さんと、母、義母そして私の4人で最後のお別れをする。


みんなで抱っこして


棺へ…


そうそう
赤ちゃんも泣いてたよ。
たぶん冷たくなった体が、抱っこする時にあったまったせいかな?



そして、
寂しくないように
そして天国でたくさんの方に可愛がってもらって、たくさん遊んでもらえるように、ぬいぐるみや絵本を持たせた。まだ食べられないけど、大きくなった時にとお菓子も少し持たせた。
そして、旦那さんの妹ちゃんから赤ちゃん宛にもらった手紙も一緒に持たせた。

あとは、たくさんのお花も
妹ちゃんと義母が作ってくれた紙のお花も持たせて。ピンクや赤系の、女の子らしい装いで。


そして火葬場に向かった。
本日の最終受付時間ギリギリで。
少しでも長く一緒に居たかった事と、ただ単に遠かったのもあって。

この日は友引だったため、自宅から一番近い(車で30分)火葬場はやっておらず、1時間ぐらいかけて大きな所へ向かった。そこは私たちが住んでいる都道府県内で一番大きな所。
天国へ先に行ったひぃじぃーじと、じぃーじも最後に見送った所。
友引の日の火葬場は、何とも言えない静かさだった。やはり気にされる方が多いのだろう。それでも1〜2家族はいたかな。



友引明けの火葬場は沢山の人でごった返す事をじぃーじ達の見送りで経験しているので、静かに送り出せて良かったと思う。それに、私の精神状態では、あの人混みは耐えれなかったと思うし。



受付を済ませ、名前を呼ばれ子ども用の炉へ向かい、火葬場常駐のお坊さんにお経を上げてもらった。




38週と6日の赤ちゃん(胎児)だったけど、とてもしっかりとした骨だった。この手でこの足でいっぱいお腹を叩いたり、蹴ったりしてくれたんだね。


お腹の中に居てくれた日々がとても幸せだったよ。


私たちの赤ちゃんは、小さな骨壺に入って我家に帰って来ました。


それからは寝る時は一緒にお部屋を移動して寝室へ。
毎日話しかけたり、出掛ける時は、一緒に行こうて声かけたり。

帰ってきた頃は、身内にいただいたお菓子のお供えを置いていましたが、
ある日「ミルクがいい
て聞こえてきた気がしたので、それからは毎日ミルクを作ってます。



赤ちゃんの体とはサヨナラしたから、もう二度と抱っこする事は出来ないけど、いつも一緒に居てるよ。



あなたの事を一生想っているよ。



だって、10ヶ月の間私のお腹の中にいてくれたんだもの。


とっても幸せだったよ。



またいつか私たちの所に来てね。