その日は何時に起きたのか
そもそも寝ていたのか? 眠れなくて夜中に何度も起きてはテレビをつけて微睡む また目をさませば空腹で何かを食べてまた微睡む
あの頃の僕は今と違い不安定な毎日をすごしていたようだ
朝は6時 太陽はもう昇りきり、チビさんも早々に出掛けて行った
気温が上がる前にバイクいじるか
思いついたら行動は早い
路肩の定位置にバイクを運びセンタースタンドを上げる
メニューを考えながら工具箱を2個ならべる
このところキャブのセッティングばかりいじってる
この表現だと調子悪そうだが、そんな事はない 絶好調なのだ
吸気にいろいろ自分ならではの細工をした 空気流入量が増えたのでガソリンの量も増やしていく
定番のメイン110番
調子はよい
しかしプラグの焼け具合が白っぽい
まだまだ燃料濃くしても大丈夫なのか?
バイクの運転の仕方にも焼け具合は影響する
僕はほぼ全開運転
だとするとやはりメインが薄い
南海部品で6種類のジェットを購入してある メインとスロー両方だ
ここ数日ひとつづつ番手を上げて試走の繰り返し だんだん速くなってくる
一気に濃いジェットに交換してから少しづつ下げるほうがいいかもしれない
でもこの少しづつ覚醒していく状態がたまらなく面白い
いつものようにバイクの前でハンドタオルを敷く
工具箱からキャブ調整の工具をタオルの上に並べる
ソケット ラチェット
差し替えドライバー
ラジオペンチ
これだけあればキャブまでは十分
たまに掃除している工具なのでピカピカ
工具は使い込んで傷がついてボロボロになってくとより愛着がわく
長年いろんな苦難トラブルを共に乗り越えてきた家族
完璧に磨きこんでるほどではないが、僕なりに大切にしている
高価な工具がキズはないけど汚れてべとべとのまま放置されてるのを見かけると悲しくなる
逆に安物3000円の工具セットでもケースをガムテで補習してあったり 柄の樹脂がなくなったままでも捨てずに現役ばりばりのペンチを見ると「おまえ達 幸せな人生おくってますな」と声をかけてしまう
むかし仕事先で針金をまとめるのにペンチが必要になり近くの民家に借りに行ったことがある
出てきたのはお爺さん
「ペンチね いいよー ちょいまち」
納屋の木製の棚の引き出しから油紙につつまれた古いペンチを出す
棚の上にある古い布でペンチの油分を拭き取ると
「はいよ」と差し出した
そこではじめて「何に使うの?」と聞く
針金の話をしていると「ふーん」と聞き流しながら油紙と古い布を木製の棚の上に置く
風で飛ばないようにか油紙の上に布を置く
この一連の動作 昔から同じ繰り返しなんだろな
手にしたペンチはメッキ処理をしていない真っ黒の鋼の塊
ずっしり重い、動きは滑らか
むしろ軽すぎるくらいでびっくりする
くわえ同士が合わさるとチキンと金属音がした
ズレもない
すげえなこいつ
当たり前な顔をしてペンチは手に納まっている
爺さんはさっさと母屋に入って行った
針金をテキパキとまとめる
軽く握っててもくわえた針金は逃がさない
3ミリほどの針金をぱちぱち切断する
性能は特に凄いわけでもない
普通
まあ凄いペンチの定義もよくわからないが、普通に難なく作業が進む
この当たり前の性能
何十年も不偏的な性能
これは工具に一番欠かせない『信頼』てやつなんでしょうね
ユーザーに長く使ってもらいたい想いを込めた愛情ある設計と製造
無理な無茶な事をやらせないで錆や汚れが付かないように大切にしてきた愛情
たぶん爺さんがこのペンチを購入した時は「これから一生使える大切なペンチを買う!」とは思ってなかったはず
近所の金物屋で買ったのかな?
日々の小さな愛情
本人も気が付かないくらいの小さな愛情
それが気が付けばもう何十年も経過して、その間こいつは爺さんを手伝い助けてきたんだろな
と
このペンチを早くあの木製の棚に帰さなければいけないような気がしてきた
僕にはもったいない
1時間くらい借りてしまったが爺さんちに行くと
「役立ったかい?」と聞きながら古い布でペンチをふいて油紙で四方から丁寧に包んで引き出しに入れる
古い布はまた棚の上に戻る
大切にしてるんですね とか会話してみたかったが、たぶん何十年も同じ一連の動作 あたりまえの光景に余計な言葉は空虚なものに思え
ただ じー っとこの景色を目に焼き付けた
「大切にしてるんですね」もし僕が爺さんにこんな言葉をかけても
日常の当たり前な事に対しての意見に「何いってんだ?」と変な顔されるかもしれない
僕は
「工具 大切にしてますね」
と言われたら
「おう! 一生付き合う宝物です」
と答えます