予想通りというか、予想以上に
最低でだけど、同時に最高の映画だった。
流石ポール・ヴァーホーヴェン!流石イザベル・ユペール!
元来持つ露悪性が相性抜群で屈指のコラボレーションとなった超ド級の傑作だ。

世には、自分の信じる者を一片も疑わずに善意を装い相手へ良きことを押し売りする者と、
見るからに確信犯な悪意や敵意をあからさまにしながらも、相手に中途半端な共感を求めない者がいる。
果たして本当に危険なのはどちらだろうか?
宗教勧誘者なんかに多いのが前者で扉をノックしながらも、笑顔と土足で人の心に入ってくる。
反対に後者は見るからに露悪的で悪趣味ながらも、相手に一切の共感性を求めず、
嫌なら立ち去ればよいという潔いまでの開き直りを提示する。こちらは異端な表現者たちに多い。
個人的には接した者の選択の余地(合うか合わない)が多い後者を全面的に支持する。
異端の者たちのつくりだすものこそ、その時は理解されなくとも、世代を越えて伝わっていく芸術なのだ。
そういった悪趣味を心ゆくまで堪能できる今年一番の怪作だ。

さて本題。
まずはポール・ヴァーホーヴェン。
この監督特有の一見子供じみた悪ふざけとも見えるむき出しの悪趣味や皮肉はいつも通り。
元来人の持つ悪意や敵愾心、嫉妬、愚かさや弱さなど全てが隠すことなくあからさまに描かれる。
単なるフェミニズムという視点では語りつくせないが、
男性は全て愚かで、強く賢い女性が最後に勝つという作品モチーフが一貫して繰り返される。
「ELLE」の場合、登場する全員がクズだ。
物語的に図式化された善悪の対比はない。
多少の役割分担的な誇張はあれども、全てありのままにゴミ箱の中のクズのように並べられる。
視点となるヒロインですらレイプ事件の被害者としての善なる存在ではない。
その後の行動を追っていくと、狂気すらにじませながらも、決してぶれることなく、我が道を進み、
選択する行為の数々からは実は被害者であるヒロインが一番のクズといって過言ではない。
そう、道徳や倫理観を問う映画ではない。
道徳や倫理を越えたところにある愚かしい人間の行為を描く。
これは明らかにコメディだ。真っ黒で過ぎて、殆どの人は全然笑えないけど、コメディなのだ。
背景や内面の説明を全て省き、行動のみを細部に渡って、執拗に描く。
人が如何に愚かな行動をなすかを描く。
また語り口は歪だ。
通常映画文法な省略するような細部にこそ、隠されたメッセージがある。
レイプ直後、寿司の出前注文で「はまちも頼むわ」という映画史上空前の名台詞の破壊力は凄まじい。
当初こそ犯人捜しのミステリーと模した形式を導入するが、
怪しげな容疑者候補が次々と横切るものの、相手を突き止め、
そして復讐という物語的なカタルシスを生む月並みな展開を無視して、横道へ逸脱し始める。
犯人が明らかになってからの展開の方が恐ろしい。
全くこの先読みできない展開だ。
ラストに至って唖然とする。
画面は全般的にフラットで映像美的な特徴はなく、淡々と状況のみを追う。
撮影監督のつくりあげる「絵」自体に執着しないというのもヴァーホーヴェンの作風のひとつだ。
クソが生きる世界をありのままに、美化することなく描写するだけだ。
まだまだ書きたいことがあるけど、
もうこれでもかというくらいに全編ヴァーホーヴェン節炸裂の怪作といえるだろう。
齢80歳になっても、枯れない貪欲な毒には心底参った。

そしてイザベル・ユペール。
久々に本領発揮した感じ。
そうなのだ、こちらこそが彼女の本来の演技なのだ。
最近パリを舞台にした大人の恋愛ものなんかで、
60代という年の割にお茶目では美しい女性という感じだったけど、元はコワイ女優だったのだ。
決して年を食って、丸くなってたわけではないのだ。猫をかぶっていただけなのだ。
逆に考えると、演技でつくられた多彩な像に振り回される観客の心中は穏やかではない。
やはり女優って物の怪の一種だよな。
ミヒャエル・ハネケ作品で魅せたトラウマ級に背筋を凍らせる女優だったのを改めて思い出した。
アメリカ女優に総スカンされたヴァーホーヴェンとの邂逅って、ある意味奇跡のコンビネーションだろう。
当初から彼女の為に用意された脚本であり、作品だと言っても違和感はない。
ユペールって昔から殆ど印象が変わらない。
若い頃、例えば「天国の門」なんかでも、現在より若いけれども、ピチピチしたフレッシュな感じはない。
グラマーではないけど、細身の体型は合変わらず、作品中でもしばしば脱いでいるが色気は絶えない。
某大御所フランス女優の変形(巨大化)ぶりとは大違い。
不機嫌そうに薄い唇をへの字に曲げ、感情表現をわかりやすく、表にはしないが、
複雑で多彩な心理描写の巧さとキャラクターや役柄、
そしてタブーに執着しない幅広い役選びはいまだバリバリ現役で凄まじいよな。
作品中でも途轍もない存在感を途切れることなく発し続け、観客を混乱させる。
まさしく怪演といえる毒を発し続ける。
連続幼児殺人犯である父の娘という背景こそ描かれるが、そこも逸脱した横道のひとつにすぎず、
キャラクター形成の因果関係といった過剰な説明補足はしない。
物語の語り口としては、視点ではあるけど単なる感情移入はできない。
彼女もまたクズで最悪なのだ。

断言しよう。
やっぱり今年一番最低で、最高の映画だ。

偏愛度合★★★★★